ある不思議な体験3(2012,1,11)
夜になりました。私の第2次世界大戦の経験では、戦争ともなれば、灯火管制はまず間違いなく強行されます。今どきの人に灯火管制といっても何のことということになりますが、省エネのためではございません。敵機空襲時に大都市が平常時のまま照明を落とさずにいたら格好の標的となるということです。それこそ家中の窓には、カーテンを張り巡らしてそのうえ室内では、小さな電球1個で暗闇をしのごうというわけです。しかし今となってみると、航空機による空襲などは過去の遺物。今はGSP主導のミサイルの攻撃となれば、人間の目による爆弾投下などあり得ません。それにしても、大騒ぎの割には、ソウル市街は輝かしく、にぎやかである。夕食もそこそこに、部屋に戻り、窓際から見る限りには全く戦争などという雰囲気ではない。いつもなら、垢落としに、サウナへでも行こうかというところ、どうも同行者はいつもの覇気は全くない。何やら電話で忙しく連絡を取りあっている。すべて韓国語でのやり取りで、情報が伝わってこない。ついにたまりかねて「明日はどうするの?」ときくと、一応予定通りという返事が返ってきました。「戦争が始まろうかというのにのどかに工場見学などしていられるのかね」というと、「相手がいいといっている。9時に迎えに来るといっている」何か要領を得ない、寝つきの悪い一夜となりました。
翌朝、迎えの車が来ました。どちらへ向かうのかもわからないまま乗り込みました。そこで聞いた話ではこれから38度線、つまり、北朝鮮と韓国との国境の方に向かうのだという。視察する工場は国境線から20分ぐらいのところにあるという。行程は2時間とのこと。いざ煮えたぎるマグマのなかへ!! 続く



