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    <title>株式会社 守隨本店 | 秤屋社長のひと言</title>
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    <updated>2012-03-29T01:36:45Z</updated>
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    <title>アテネ女神とはかり</title>
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    <published>2012-03-28T07:00:42Z</published>
    <updated>2012-03-29T01:36:45Z</updated>
    <summary>今ギリシャは国の存亡をかけて自らの財政危機と闘っております。ユーロの存立をかけて...</summary>
    <author>
        <name>早川静英</name>
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        <![CDATA[<p>今ギリシャは国の存亡をかけて自らの財政危機と闘っております。ユーロの存立をかけてその行方はいま世界の注目の的になっております。そのギリシャが産んだ神話に登場する女神は戦いの女神なのですが、なぜか&ldquo;はかり&rdquo;を高く掲げてオリンパス山より人間界を支配しております。つまり&ldquo;はかり&rdquo;こそは正義をただす神様のいわゆる神器なのだということになります。わが社はその神器を作って350年以上の経歴を有しております。たいへん恐れ入る仕儀で御座います。<br /> 最近、営業部員の報告書の中におもしろい例を見つけましたのでご披露いたします。<br /> この営業マンは、ある大手のスーパーさんから呼ばれて商談に参りました。お客様は曰く、生ごみ等の廃棄物を業者に引き取らせているのだが、どうも相手の言ってくる引取り重量が実際のものよりかなり多めに出してきている。しかしこちらには&ldquo;はかり&rdquo;がないので、言うままになって支払っているが何か確かめる良い方法はないかとおっしゃる。引取りには業者はトラックを使っているという。それではトラックスケールを据えつけたらどうか提案いたしましたが、そんな大きな設備をこのためには入れられないとのこと。それではということで、警察などが過積載取り締まりに使っている、携帯型のトラックスケール、&ldquo;ロードメーター&rdquo;はいかがかと提案いたしました。これなら必要な時にだけ持ち出してトラックをまるごとはかれますというということになり、お客様も納得。<br /> そして納入し取扱い方法もお伝えしこの商談はめでたく成就。しかしこの担当の営業マンは3か月後に、再訪いたしました。その間何の連絡もないということも在って心配しながらの訪問でした。ところが、お客様は満面の笑顔で出迎えてくれて、&ldquo;ありがとう&rdquo;の連発。どうしたんですかと伺いますと、なんと、このはかりを使って計量して正確な重量がわかり、当時１か月50万円ぐらい支払っていたのが今では、15万円ぐらいに減ってしまったよとのこと。営業マンは驚きました、120万円ぐらいでの売値でしたが、この分では3か月少々で償却ではないか！こういう具体例を聞くのは珍しいのですが、本人も喜びのおすそ分けにあずかり意気揚々のありさまでした。日頃なにげなしに作っている計量器が具体的に社会貢献している実感。メーカーとしての冥利に尽きますね。またこの場合際立ったことは単なるコストダウンメリットの一例ではなく、はかりが公器として社会正義を保証するものであるということではないでしょうか？正義の女神アテネよ永遠なれ！</p>
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    <title>社員研修会について</title>
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    <published>2012-03-06T04:50:52Z</published>
    <updated>2012-03-06T04:52:56Z</updated>
    <summary>今月は研修会に明け、研修会に暮れた1か月であった。わが社始まって以来と言えよう快...</summary>
    <author>
        <name>早川静英</name>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shuzui.jp/president-blog/">
        <![CDATA[<p>今月は研修会に明け、研修会に暮れた1か月であった。わが社始まって以来と言えよう快挙？でありました。</p>
<p>　従来、単なる飲み会、飲んだくれ旅行のみでは、意義が認められなかった。むしろパワハラ、セクハラ弊害の方が目立つぐらいで、やらない方がましという結論でいた。現に単なる飲み会はやらない。それやこれやで幾星霜、ここにきて、あるがままで仕事さえ真面目にしていればそれでよいとする意見もあろうが、やはり人間、働きすぎで消耗していくだけでは、この世に生まれてきた甲斐がない。そこで、わが社は、リゾートトラスト社の勧めにより、会員契約をしました。これは、社員の皆さんが自由に利用できる施設が全国に28か所あるという日本随一のリゾートチエンです。施設も豪華で、従業員のもてなしの技術はこれまた日本を代表するぐらいのレベルにあります。そこで皆さんにそのことを周知してもらうためと研修とを絡めて、三重県鳥羽市にあるエクシブ鳥羽にて2月上旬、実施いたしました。ここがリゾートトラスト発祥の地として最も古い施設ですがいかがだったかな。ぜひ、家族との楽しい団らんに利用してもらいたい。ビデオ収録もしておりますので、DVDを貸し出すことも可能です。ぜひご覧あれ。日頃の自分と違った自分を発見することを保証します。アンケートも集めてあり今後にも役立てたいと思っております。</p>
<p>　さて２月末に実施した、映画鑑賞会。日本人という種族は、時として、途方もないことをやってのける資質をもった人間の集まりであるという実証。その典型例がそこにあるという映画でありました。特に物づくりで発揮する異常な才能は世界を驚かすことしばしばであります。われわれもものづくりの現場を預かる人間として、深宇宙よりサンプルリターンという離れ技を成し遂げた同胞に心からの賞賛とエールを送るべきではないか？この壮挙を知らずして日本人のアイデンテテイはない。これは、映画ではないが、川口教授が、ある講演会で高校生から&ldquo;日本はなぜロケットに人間を乗せないのですか？&rdquo;という質問をうけたとき、&ldquo;すでに実現してしまっている技術の追従をするなど情けないことである。他国が思いもつかない種類の技術の実現こそが日本人に課せられて使命である&rdquo;こういわれては、もう何も言えませんね。恐れ入りました。われわれもまたこの教授の指し示す理想を同じ民族として追及していくべきと痛感いたしました。すべてが終わって、川口教授（渡辺謙）がJAXAの建物から帰宅するシーンがあります。車で来た同僚に、同乗を薦められたのを断って、夜のストリートを一人、歩いて去るシーンはハリウッド映画&ldquo;第三の男&rdquo;のラストシーンに重なりうっとりとさせられました。にくい演出です。何、そんな映画知らない、是非もない。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　以上</p>
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    <title>&quot;はやぶさ&quot;遥かなる帰還</title>
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    <published>2012-02-29T01:44:45Z</published>
    <updated>2012-02-29T02:16:36Z</updated>
    <summary>　わずか500kgそこそこの物体が、2億キロのかなたの宇宙で行方不明。電源喪失に...</summary>
    <author>
        <name>早川静英</name>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shuzui.jp/president-blog/">
        <![CDATA[<p>　わずか500kgそこそこの物体が、2億キロのかなたの宇宙で行方不明。電源喪失により通信も途絶えてしまった。誰しもがそこには絶望しかないと思う。しかし日本人の魂はそれをゆるさなかった。自ら創造したものに対する絶対の信頼に賭けて、ひたすら待ち続けて1ヶ月半。そこに奇跡がおきました。忠犬ハチ公的なハヤブサが時空を超えて、忽然と舞い戻ってまいりました。スタッフたちは感激の嵐に酔いしれます。どうですかこの感激を共にしてみませんか！日本人のみに許されたこの&ldquo;絶対にあきらめない&rdquo;精神力。そこには日本が誇る科学技術力が裏付けとなっております。われわれも、ものづくりの現場にいる人間です。またこの時代に共棲している日本人として前代未聞の壮挙を目の当たりにできる幸せと、物づくりの現場で我々に課せられている責任を改めて実感いたしたい。<br />　このような意図を持って、弊社研修カリキュラムの一環として、この度２月２７日、２８日２日に分けて &rdquo;はやぶさ&rdquo; 鑑賞を実施しました。今回は、鑑賞後の弊社社員感想文の中から、東京営業所小熊所長の感想をご紹介致します。</p>
<p>映画「はやぶさ」を鑑賞して　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />　小惑星探査機「はやぶさ」を取り巻く人々の7年間を描いたこの作品は、その偉業はもとより個人あるいは組織としての葛藤・決断・苦悩・喜びを表現した非常に泥臭い映画に感じた。皆さんは特にこのような人間ドラマを描いた映画を観るにあたって、その登場人物に自身を投影し感情移入するのではないでしょうか？　少なくとも私はそのようなスタイルで鑑賞します。<br />　では、皆さんはどの登場人物に自己投影したでしょう？主人公であるプロジェクトマネージャーの山口（渡辺謙）でしょうか？それともイケメンエンジニア藤中（江口洋介）？町工場の社長東出（山崎努）でしょうか？自身の社会的地位や憧れ・年齢によって様々でしょう。私は、その中でイオンエンジン開発のNEC森内（吉岡秀隆）と貧乏町工場の社長東出（山崎努）に非常に強い感情移入をしました。はやぶさ生還の為とはいえ、イオンエンジンを本来の目的外で運用する提案に「私はメーカーの人間です！！」と声を荒げた森内のその心中を察すると、身震いを覚えました。<br />　根っからのエンジニアであるに違いない森内は、はやぶさ生還のために自ら携わったイオンエンジンをどのように使うか、どんなイレギュラーな使用方法が可能か？、その癖や性格がよく分かっているはず。エンジンに家族の名前を付けることからもその思い入れが非常に強いことがわかる。本当ならば、自分の分身同様のイオンエンジンの可能性を追求したいだろうし、はやぶさプロジェクト成功のためには想定外の使用方法や理にかなわない挑戦もしたいだろう。しかし「メーカーの人間！」なのである。イオンエンジンを問題なく運用し、その後の販売につなげる責務を負っているのである。その葛藤・憤りが「わたしはメーカーの人間です！！」という怒声に集約していたように感じた。NECのエリートは、歴史的なプロジェクトの表舞台にたち社運を背負っているがために好きな仕事を自由に出来ないのである。<br />　一方、貧乏町工場の社長　東出は収入も低く、家庭事情も芳しくないパッとしない人物として描かれるが、はやぶさプロジェクトの一翼をになう職人であり、採算度返しで好きな仕事を好きなように、まさに男のロマンを追っている感じがする。この森内と東出が非常に対照的で、しかし最終的には　はやぶさプロジェクト成功のために殻を破り一歩踏み出すことで新たな自己を見出すという共通の成長を遂げるのとても胸を打たれた。<br />　ひとつのプロジェクトを中心に、組織のリーダーとしての決断、組織の一翼としての自己犠牲、政治的なサポートをすべく葛藤、立場や役割が様々な個人が、ひとつのプロジェクトを通じお互いに争い・認め合い・支えあう。ものづくりをする企業に在籍する社員にとってこの映画に登場する人物の誰かに必ず自己投影できる人物がいるでしょう。個々人が団結し同じ目標に向かった時の組織としての力強さを感じたのではないでしょうか。<br />　また、惑星探査機「はやぶさ」が自己を大気圏で消失しながらもカプセルを未来のために残す事と、技術や研究内容を後世に継承する人間の未来への期待がリンクし一体感を高めている。メーカー勤務者として非常に得るものの多い面白い映画でした。<br />　また守随工場勤務社員を羨ましく感じました。やはりエンジニアはいいですね！</p>
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    <title>ある不思議な体験　５</title>
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    <published>2012-01-23T06:35:03Z</published>
    <updated>2012-01-23T06:35:50Z</updated>
    <summary>こうしてようやくたどり着いたのですが、お出迎えの面々はいとものどかなたたずまい。...</summary>
    <author>
        <name>早川静英</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shuzui.jp/president-blog/">
        <![CDATA[<p>こうしてようやくたどり着いたのですが、お出迎えの面々はいとものどかなたたずまい。こんな時に大丈夫ですかご迷惑ではないですかと聞いても、いつものことですからという。これがいつものことかとあきれましたが、何を言ってもそれ以上の対応はない。工場見学も何でもない雰囲気のまますみ、昼食をとりながら、社長と話しましたが、現在の非常事態宣言は気にしていないのかと聞きますと上記のような返事しか返ってこない。自然と話題にしがたくなり、話は実務に入りましたが、今になってはこちらの方は何を話したのか全く記憶から欠落。その後このような日常と非日常との大きな落差に疑問を感じ、それとなく調べたり聞いたりしたらまた新しい事実が浮かび上がってまいりました。在日のエージェントさんも真相は知らなかったらしいので、一人騒いでいるようなところがありました。</p>
<p>　実は、かって、北と南が死力をふるって相たたかった、いわゆる朝鮮戦争にさかのぼります。この戦役の発端は裏面史として囁かれていることですが、共産国家の外交官が、アメリカの女性外交官にさりげなく、南北の国境線で紛争が起きたらどうするつもりですかと聞いたところ、その女性外交官はあっさりと、我々の防衛線は日本列島であるというようなことをいったらしい。それを聞いた共産側の外交官は、南の韓国はアメリカはいざとなれば捨てると踏んだところに悲劇の幕が開いたといわれております。それならばと北朝鮮軍は一斉に南に侵攻を始めたということらしい。ところがそれはその一女性外交官の井戸端会議的な発言に因があるという何とも歴史の怖さと不条理に戦慄を覚えます。さしてまた戦争の始まりにおいて、南側の韓国軍はほとんど軍備らしい軍備も整えておらず、北側の動きも見落とし、一方、北側は十分の準備を整え、満を持し、絶対の自信を持って殴り込んできたわけです。そしてまた皮肉なことに、首都防衛軍の最高司令官が侵攻の当日、休みを取って、不在。２時間ぐらい連絡が取れなかったと聞いております。韓国は当然大混乱に陥ります。侵攻が始まって数時間のうちにソウルは陥落という体たらく。漢江の北から南に逃げ出してきた避難民は，漢江に阻まれ、数少ない橋に殺到し、結局は多数が川に落ち溺れ死んだといわれております。現在はそれに懲りて漢江には無数の橋がかけられております。</p>
<p>　つまりこの時の不甲斐ないばかりの失敗がトラウマとなり、これ以後韓国は何か北の変事があれば、遅れを取っては悲劇をまた繰り返す羽目に陥りたくないないという骨の髄まで貫いた覚悟ができているということです。これでようやくこの騒動のいきさつが理解がいきました。　　　　　　　　　　　&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; （完）</p>
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    <title>ある不思議な体験　４</title>
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    <id>tag:www.shuzui.jp,2012:/president-blog//3.231</id>
    <published>2012-01-16T02:08:13Z</published>
    <updated>2012-01-19T04:41:26Z</updated>
    <summary><![CDATA[これから紛争の置きそうな国境線に向かうとは&ldquo;どうなっているの？&rd...]]></summary>
    <author>
        <name>早川静英</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shuzui.jp/president-blog/">
        <![CDATA[<p>これから紛争の置きそうな国境線に向かうとは&ldquo;どうなっているの？&rdquo;を２０連発ぐらい頭の中で発しながら、もしやこれは拉致監禁？などしょうむないことを考えながら、同行者には強がって、これから前線視察に赴く将軍みたいだなどといっておりました。ソウル市街を通り抜ける際の交通の混雑はどこの都会でもある朝の通勤ラッシュです。３０分ぐらい走って、ようやくソウル市街を抜け郊外の山村に差し掛かります。外の風景は緑濃く、湿気の多い田園地帯、と森林が続きます。だんだん道は狭くなります。道の途中に両側から城壁のようなものが道にまたがり、アーチ状の門をくぐると、道は左折します。曲がった途端、目の前に、なんと馬鹿でかい戦車が砲門を北に向けてドン―と居座っておるではありませんか！しかもカービン銃を背負った迷彩服ヘルメットの兵士が一個小隊こちらを睨んでおります。通してくれるのだろうかと一瞬思いましたが、止める気配もなく見ているだけ。帰れといってほしかったのにね。何かタイムスリップして第２次大戦の欧州戦線に迷いこんだのか？目をつぶるようにして、そこを通り抜け、やはりこれは冗談ではないぞと背筋が冷たく感じられアドレナリンが体内を駆け巡ります。同行者も顔色がありません。</p>
<p>　そしてまた１０分ぐらいたつと、道が折れ曲がります。そして曲がった途端林の中に、今度は機銃を備えた兵員装甲車が潜んでおりました。やはり周りに兵士が警備態勢を敷いておりました。いずれも不意に現れるという様子から、わざと道をくねらせて兵員の隠ぺいを図っているのだなとわかりました。見通しの良い道がないということですね。国境線にちかづくにつれ、人家もまばらになります。１時間ぐらいきたところ、今度はなんと、色もきらびやかで、ど派手なコッテージの集団が道の両側に現れます。まあいえば遊園地風リゾートといったところ。運転手に聞きますと、笑いながらここは若い恋人たちの憩いの場ですという。なんだ<ins>連れ込みホテル</ins>かい（表現が古い）と同行者。何ともちぐはぐな状況にますます訳が分からなくなります。それにしてはあまり人がいないねというとまだ朝ですよと返されました。そしてまた１０分ぐらいたったころ、今度は、なだらかな坂を上ります。小山の両側は深い森になっております。上がるにつれて道は２車線から、１車線になり、頂上に着くと、途端に、道の両側が堅固なぺトンで固められており、分厚い背の高い巨大なU字溝の中を通るようなものです。普通の乗用車はまあ通れますが、トラックなどはすれすれ、間違ってもすれ違いはできない。わざと狭くしていることは歴然。これはこちらから聞くまでもなく、運転手君が、これは北からの戦車をここで止めるためのものですと説明。両側は森林、迂回はできない、確かに戦車はここで立ち往生でしょう。機動部隊の侵攻はここでとめる？あとは空軍が始末する？どうでもよいことを語り合いながら、道は下っていきます。とにかく道を曲がるごとに装甲車と兵隊さんたち！いざ戦争が始まったらこの兵隊さんたちはどうなるのか？</p>
<p>　再び、右側は広く広がる水田地帯に入ります。左側は森林地帯。道路以外は車馬は通れない。考えてあるなという感じ。ここでは防御側は何を考えているのだろうと思う間もなく、地雷を踏んだわけでもないのに、車が異常なバウンドを始め、油断していると天井に頭をぶっつけます。これはなんだと聞きますと、車が高速で走れないように、５０メートルぐらい進むごとに、道路を横断して１０センチぐらいの高さのアスハルトの枕状の隆起が作ってあります。この上を通過するときの上下動なのですと。もしこれを無視してつっぱしったら、舌をかんで、体はバラバラになる？とにかく、隆起に近づくと嫌でも速度を落とさなくてはならない。北朝鮮機動軍の侵攻速度を落とさせるためのもの。そのような障害レースのドライブを、１時間ぐらい続けてようやく目的地に着きました。たしかに２時間の行程でした。２時間のドライブでこんなに疲れた経験は初めてございました。お出迎えの社長の&ldquo;おつかれさま&rdquo;のごあいさつはまことに実感のこもったものでありました。</p>
<p align="left">　これが、金日成総書記（金正雲現副書記？の祖父）死亡（１９９４，７）の２日間の私の不思議な体験のあらましであります。今回もこのようなことが起きていたのではないでしょうか？　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; 　　　以上</p>
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    <title>ある不思議な体験３（２０１２，１，１１）</title>
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    <published>2012-01-11T08:06:07Z</published>
    <updated>2012-01-11T08:08:11Z</updated>
    <summary>夜になりました。私の第２次世界大戦の経験では、戦争ともなれば、灯火管制はまず間違...</summary>
    <author>
        <name>早川静英</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shuzui.jp/president-blog/">
        <![CDATA[<p>夜になりました。私の第２次世界大戦の経験では、戦争ともなれば、灯火管制はまず間違いなく強行されます。今どきの人に灯火管制といっても何のことということになりますが、省エネのためではございません。敵機空襲時に大都市が平常時のまま照明を落とさずにいたら格好の標的となるということです。それこそ家中の窓には、カーテンを張り巡らしてそのうえ室内では、小さな電球１個で暗闇をしのごうというわけです。しかし今となってみると、航空機による空襲などは過去の遺物。今はGSP主導のミサイルの攻撃となれば、人間の目による爆弾投下などあり得ません。それにしても、大騒ぎの割には、ソウル市街は輝かしく、にぎやかである。夕食もそこそこに、部屋に戻り、窓際から見る限りには全く戦争などという雰囲気ではない。いつもなら、垢落としに、サウナへでも行こうかというところ、どうも同行者はいつもの覇気は全くない。何やら電話で忙しく連絡を取りあっている。すべて韓国語でのやり取りで、情報が伝わってこない。ついにたまりかねて「明日はどうするの？」ときくと、一応予定通りという返事が返ってきました。「戦争が始まろうかというのにのどかに工場見学などしていられるのかね」というと、「相手がいいといっている。９時に迎えに来るといっている」何か要領を得ない、寝つきの悪い一夜となりました。</p>
<p>　翌朝、迎えの車が来ました。どちらへ向かうのかもわからないまま乗り込みました。そこで聞いた話ではこれから３８度線、つまり、北朝鮮と韓国との国境の方に向かうのだという。視察する工場は国境線から２０分ぐらいのところにあるという。行程は２時間とのこと。いざ煮えたぎるマグマのなかへ！！　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　続く</p>
<p>&nbsp;</p>
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    <title>ある不思議な体験 2 （２０１１年１２月２０日）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.shuzui.jp/president-blog/2011/-2.html" />
    <id>tag:www.shuzui.jp,2011:/president-blog//3.221</id>
    <published>2011-12-21T02:57:38Z</published>
    <updated>2011-12-21T03:01:52Z</updated>
    <summary>　２時間近いドライブの間、ラジオは単調な口調の繰り返しで何かを伝えている。恐る恐...</summary>
    <author>
        <name>早川静英</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shuzui.jp/president-blog/">
        <![CDATA[<p>　２時間近いドライブの間、ラジオは単調な口調の繰り返しで何かを伝えている。恐る恐る同行者に聞いてみたら、予備役への出頭命令が各軍管区別に流されており自分の属する管区が呼び出されたら、直ちに出頭しなければならないという。その呼び出しの放送中だという。同行者は&ldquo;早川さん誠に申し訳ないトンデモナイ日に来てもらってしまった&rdquo;という。何も同行者が仕掛けた戦争でもないのに、至極真面目に挨拶されて、返す言葉ありませんでした。ようやくソウルについたとき、街はそれほど大混乱というさまではなく、たとえば、大勢の人が車に家財を積んで逃げ惑うというような大混乱はなく、相変わらずの繁盛ぶりでした。しかしホテルについてみると、若い社員の運転する出迎えの車は放り出し、あたふたと引返していきました。われわれは、ロビーに荷を持ち込みやれやれとあたりを見回すと、何かが変である。ロビーやカウンターにはほとんどが女性従業員ばかり。たまに男性がいても相当な年配の従業員ばかり？あれれこれはどういうことかと思いながら、チェックインを済ませ、部屋に入りましたが、落ち着きません。ロビーの女性たちの対応もどこかうつろ。そこでもっと情勢を探ろうということで、部屋を出てロビーに戻りました。ソウルでも有数のホテルですがやはり人影が薄い。地下の商店街でも覗こうかと地階におりました。その一角に大きな広場がありました。そこに沢山の人が集まっておりました。何事かと思いそばへ寄ってみると、すべて若い男性ばかりが５０～６０人ぐらい、床に腰を下ろし、食い入るようにテレビ画面を見ております。ホテルの若い従業員たちです。しかもその顔色はとてもじゃないが生気が全くない。しかしぎらぎらとした内心の緊張感がみなぎっている。テレビに目を移してみると、今度は緊張した音声とともに、テロップで確かに地区別の呼び出しをかけている様子が見てとれます。一区切りがつくと座っていた男性の中から数人が立ちあがって、こわばった表情のまま、広場からそそくさに立ち去ってきます。その繰り返しが続きます。</p>
<p>　事ここに至ってやはりただことではない事態になりつつあるということが実感できました。予備役招集は事実だったのです。&nbsp; つづく</p>
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    <title>ある不思議な体験（２０１１年１２月２０日）</title>
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    <published>2011-12-20T04:50:30Z</published>
    <updated>2011-12-20T04:55:59Z</updated>
    <summary>１９９４年７月、私は不思議な体験をいたしました。私と韓国でのエージエントをしても...</summary>
    <author>
        <name>早川静英</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shuzui.jp/president-blog/">
        <![CDATA[<p>１９９４年７月、私は不思議な体験をいたしました。私と韓国でのエージエントをしてもらっている在日の韓国人と午後、金浦空港につき、出迎えの車に乗り、ソウル市内へと向かいました。好天気のなか高速道路を快調に走り社内では久しぶりとのことで話が弾んでおりました。</p>
<p>　しばらく走っていると、後ろから２０台ぐらいの白バイがわれわれの車を追い抜いて猛速で突っ走っていきます。なんや白バイの訓練パレードでも始まったんかいなと見るともなしに見ていたのですが、ふと隣の同行者を見ると、顔色が変わっているではありませんか。どうしたのと問いましたが出てきた言葉がなんと&ldquo;戦争が始まったみたいだという&rdquo;今度はこちらの顔色が変わる番になりました。&ldquo;冗談やないでどことや？&rdquo;というと、車の運転手と韓国語で激しいやり取りと、あわててラジオを入れるなど、ただ事ではない形勢となってきました。その間の説明によると、白バイが高速道路の出入り口を封鎖するために配置につこうとしている。これはすなわち北との交戦が始まったあかしだという。</p>
<p>かつて台湾に行ったときやはり有事の際、高速道路は戦闘機の不時着の際の滑走路になると聞いておりましたので、ずしんと効きました。高速道路をよく見ると真ん中の境界障害物がありません。明らかに機翼の長さを計算に入れた設計になっている。私も思わず腰が浮いてきました。なぜこの時期に戦争が始まらなければならないのか！</p>
<p>　しばらくするとようやくラジオが特別ニュースを流し始めました。私には何を言っているのかわかりませんがアナウンサーの声も大きく異常な状態を伝えております。音楽番組など一切中止です。同行者はしばらく耳を傾け運転手と会話ののち、北朝鮮の金日成将軍が本日、死去したということがわかったということでした。&ldquo;なんだ戦争じゃないではないか！&rdquo;というと、&ldquo;韓国軍は臨戦態勢を発令している&rdquo;こういう時期に戦争を仕掛けてくる可能性は大きく絶対に油断はできないという&ldquo;平和ボケの日本人にはよくわからない&rdquo;と冷やかし気味に言ったら、&ldquo;私は、朝鮮戦争の生き残りだ。万一始まったとなれば、ソウルは火の海だ&rdquo;。それじゃ、命の保証はないのかというと黙ってしまった。</p>
<p align="right">つづく</p>
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    <title>ウィンクあいち40周年記念講演会</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.shuzui.jp/president-blog/2011/40.html" />
    <id>tag:www.shuzui.jp,2011:/president-blog//3.217</id>
    <published>2011-12-19T08:40:49Z</published>
    <updated>2011-12-19T08:52:59Z</updated>
    <summary><![CDATA[記念講演会&ldquo;これからの中小企業の生き残り策&rdquo; 上記のテー...]]></summary>
    <author>
        <name>早川静英</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shuzui.jp/president-blog/">
        <![CDATA[<p>記念講演会&ldquo;これからの中小企業の生き残り策&rdquo;</p>
<p>上記のテーマでの講演会が１２月２日愛知県産業労働センター４０周年記念にて行われました。講師は中村智彦教授（神戸国際大学）</p>
<p>　すべてをご紹介はできないのですが私なりに重要なことを取り上げたいと考えます。またニュースの表面には出ない裏事情みたいなもので興味を引く発言もありました。講師としては講演内容をそのまま転記しないでほしいという珍しい注文がついていてためらいもあるのですが、講演会で聞いたことを他に漏らしてはならないという法律はないと思われますのであえて書かせてもらいます。</p>
<p style="margin-left: 36pt">１、&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; ギリシャの破綻について、公務員の数の多さと同時に高給すぎるということが取りざたされているが、一般労働者の給与が大幅に切り下げられ、公務員の方はそのままで維持されていたため、高給感が出てきていることらしい。ギリシャも日本と同じく製造業が国際競争に敗れ、空洞化が進み失業が増え、税収も落ち込み、たよりは観光産業だけとなり、観光産業がＧＤＰに占める割合は４０％に達するようになってしまった。税収が減り、医療、福祉などに充てる資金がなくなり、やむを得ず、国民の生活水準を守るため、外国から資金を国債発行という方式で取り入れ国家財政の赤字を補てんするという禁じ手に流れたわけです。貸す方は、ユーロの優越性を信じまた高利にもつられてどんどん貸し込んでいったという。それが積もり積もって返還時期が来ても償還金が調達できるめどが立たないというところに追い込まれてしまった。前政権はそれがばれることが怖く、国の財政を粉飾していたという。個人や企業でならよくあることなんですが、国家規模で世界を欺くなど途方もないことが起きてしまったわけです。講師はここで、日本も空洞化がこのまま進み国内の資金を食いつぶしたあと、外国に助けを求め、借金を重ねざるを得なくなるとしたら、いずれは、日本も観光産業だけでやっていけるかということにぶつかることになります。</p>
<p style="margin-left: 36pt">２、&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; その後ギリシャに引き続き、イタリア、スペイン、ベルギーと同じような状況の国が続出するに及んでは、リーマンショックを上回る規模と深刻さで世界経済はどう持ちこたえていくのか重い課題を抱え込むことになります。国債の償還金が払えないとなるとまず破綻するのはその国債を保有する銀行ということになります。そしてその銀行の救済策として途方もない金額を積み立て始めて、パニックの食い止めに必死の様子であります。欧州１０数か国中頼るはドイツのみという惨状。はたしてドイツは他国を助けられるかということより、ドイツ国民が他国の怠慢と奢侈の末の付けを負担しなければならないのかという不条理に納得がいかない様子。これごもっともな話であります。ただ一説によると、当初ドイツそのものはこのヨーロッパ統合に多大な期待を持っていたという。先の２次にわたる大戦でドイツは欧州の統一と盟主になることを目論んだが２度ともに、アメリカの参戦によって阻まれた。当然ながら何の収穫ももたらさない戦争の惨禍を身に染みて知った。もう２度とこのような失敗はしたくないということで、欧州の平和的な融合に熱心に取り組んだ。それがユーロの誕生に結び付いたわけです。そして現状はというと、つくづくドイツさんもいやになっているのではないか？ドイツの野心については講師は全く関係ありません。私の脱線です。とにかくちょっとやそっとのことで欧州の経済の立ち直りは期待できそうもないということです。</p>
<p style="margin-left: 36pt">３、&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; 昨日（１２・１８）の日経新聞によると、今回の危機に関して、外貨の蓄積の厚い中国・日本なども救援に一役かい、つなぎ資金を提供するということになっていますが、中国の温家宝首相が、先ほどギリシャを訪問してびっくりしたことがあるという記事です。&ldquo;欧州人は働かない&rdquo;ということの現場を見てしまったということです。町の目抜き通りの商店街など午後にもなると店を閉めてしまっているという。これを見て温家宝首相も考えを変えたと。こんな怠惰な国民を救済する金はないということです。つまり融資はしないという方向に舵を切りそうです。日本も困ったことになるのではないでしょうか。</p>
<p>テーマに戻りますと、このような状況下での&ldquo;中小企業の生き残り策&rdquo;</p>
<p>下記の７項目の実践が必要ということ。座して無策は滅びの道。</p>
<p style="margin-left: 21pt">1.&nbsp;&nbsp; 産官学連携強化による研究開発の強化。それに乗れるかどうか？</p>
<p style="margin-left: 21pt">2.&nbsp; 量産化とそれを実現させる設備投資。１と関連する。</p>
<p style="margin-left: 21pt">3. &nbsp;大手企業との取引　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</p>
<p style="margin-left: 21pt">4. １社専属ではなく複数顧客との取り引き関係の構築。</p>
<p style="margin-left: 21pt">5. 海外市場の取り組みの強化。</p>
<p style="margin-left: 21pt">6.&nbsp; 海外生産拠点と国内生産拠点の有効な役割分担の構築&nbsp;</p>
<p style="margin-left: 21pt">7. &nbsp;他社との連携・共同の推進</p>
<p style="margin-left: 21pt">これをお読みになった方はどうぞ参考までに自社の取り組みを照合させてみてください。７つ全部できて１００点。この中に流れる思想はやはり<strong><ins>『連携共同』</ins></strong>の理念です。つまりあいち産業振興機構が推奨する施策であります。</p>
<p style="margin-left: 21pt">以上</p>
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    <title>計量は兵站なり（２）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.shuzui.jp/president-blog/2011/post-97.html" />
    <id>tag:www.shuzui.jp,2011:/president-blog//3.214</id>
    <published>2011-10-26T07:27:17Z</published>
    <updated>2011-10-26T07:32:33Z</updated>
    <summary>ここで時間を４００年前に戻します。戦国時代、応仁の乱以来、群雄割拠、狭い国土に、...</summary>
    <author>
        <name>早川静英</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shuzui.jp/president-blog/">
        <![CDATA[<p>ここで時間を４００年前に戻します。戦国時代、応仁の乱以来、群雄割拠、狭い国土に、一寸の土地を巡っての戦いが、命を懸けてせめぎ合っていました。局地戦から始まったこの乱は、１５世紀後半に入って、群雄が淘汰され、本格的な日本という国土を巡る天下取りに絞られてきておりました。当時の群雄の中で、ひときわ際立っていたのは、越後の上杉謙信，甲斐の武田信玄、駿河の今川義元、尾張の織田信長、等々。これらの武将の志すところはライバルを総なめし、京に上って天子を擁し、天下に号令をかけるという野望にありました。さて前提はここまでとします。わが守随の創始者は、群雄の中で最も有望視されていた武田信玄の家臣でありました。はじめ、信玄の父である信虎の近習（吉川小太夫守随）として仕えていました。はからずも、信玄により駿河に追われた信虎に従って、駿河に赴き引き続き、仕えましたが、やがて今川家の要請により人質としてきていた徳川家康の世話もすることになったらしい。この縁が守随はかり座を徳川政権下で開かせるもとになったという複雑に絡んだ事情にあります。しかし今回はこの件について語るのではなく、なぜ、武田信玄の率いる軍隊が、ライバルの群雄に恐れられていたか、それは、やはり、守随の先祖が、駿河より、故郷の甲斐に戻り、はかりの製造を始めたことにより、飛躍的に兵站の在り方を変えたのではないかと推察しております。吉川守随氏は、３角測量もこなすほど、計数能力に秀でており、出撃する軍団の兵站を引き受け、多分計量器も含めたシステム的な兵站の準備に大いに貢献したのではないでしょうか？いつの時代にあれ、戦時には古今を問わず兵站に優れたものが生き残ったのではないか？信玄は帰り着いた守随を有無を言わず、すぐに採用しております。</p>
<p>　ただこの件に関しては確定した資料はありませんが、十分ありうることと捉えております。大胆に発想すると、吉川守随がはかりを製造始めたのは、兵站の準備のために計量器が必要になったからか。ちなみに、豊臣政権の時代に、いわゆる太閤検地を関西で行いましたが、すでに徳川家の治世下にあった甲斐より、検知に必要な測量技術者として守随はかり座の人間を貸し出したという文献が残っております。このあたりのことを調べれば戦国裏面史として面白い小説が出来上がるのではないかという気がします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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    <title>計量は兵站である</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.shuzui.jp/president-blog/2011/post-96.html" />
    <id>tag:www.shuzui.jp,2011:/president-blog//3.211</id>
    <published>2011-10-13T04:18:46Z</published>
    <updated>2011-10-13T04:19:17Z</updated>
    <summary>今どきの若い人には兵站が果たして読めるのであろうか？またその意味するところは、兵...</summary>
    <author>
        <name>早川静英</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shuzui.jp/president-blog/">
        <![CDATA[<p>今どきの若い人には兵站が果たして読めるのであろうか？またその意味するところは、兵の字があるごとく、軍隊に関連する用語である。[兵站とは、戦闘部隊の後方にあって人員、兵器、食料などの前送・補給や広報連絡線の確保に当たる機能で、対応する英語はLogistics.](計量新報社社説より)「兵站は本来，戦闘の要であるはずだが、日本陸軍では軽視されていた。&hellip;兵站蔑視の思想は太平洋戦争で、その弊害を顕著に露出させることになる。・・』日本軍の損害の６割以上が戦闘による戦死ではなく、兵站軽視により補給物資が届かず、太平洋戦争における天下分け目の諸戦闘ではことごとく補給線途絶、戦闘する前に飢餓により死亡するという体たらく。戦争にならない醜態を日本の陸海軍はさらけ出す結果を引き起こしました。確かサイパン戦記でよんだと思いますが、日本軍将校が戦闘中に爆風で吹き飛ばされ気絶している間に捕虜となったのですが、この捕虜となった将校はやがて、輸送船に乗せられアメリカ本土に送られることになりました。そうして、太平洋上を東に向かう船上で、西に向かう輸送船とすれ違いました。お互いにヤンキーらしい陽気さで、エールを交換しているさまを見て、その将校は、いったい何を輸送しているのかと、問いかけました。すると帰ってきた返事が何気なく&ldquo;前線へコカコーラをもっていくところだ&rdquo;という。この時その将校はこの戦争は負けと思わず涙したといいます。</p>
<p>　そうした先輩たちの苦い苦い教訓をわれわれは忘れてはなりません。上記の「計量は兵站である」テーマはわが社としてはわが意を得たりであります。現在わが社は移動式計量機を製品ラインの主力にもち、日本経済の兵站、つまりロジステックを担っております。すでに２０年を経過しておりますが、輸送機器に関連する業界で守随のロジステック計量機は目覚ましい活躍を果たしております。私の年からいうと南の戦場でむなしく飢餓で戦闘もせず壊滅を余儀なくされた英霊たちはすぐ上のお兄さんたちであります。私がもう少し早く生まれていたら、南太平洋のどこかの島で朽ち果てていたことでしょう。私より１０歳上ぐらいの叔父がやはり南方前線で病死ということで遺髪が返ってきましたが戦死ではないところが気にかかります。</p>
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    <title>大航海時代の画家たち</title>
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    <id>tag:www.shuzui.jp,2011:/president-blog//3.198</id>
    <published>2011-08-30T07:00:13Z</published>
    <updated>2011-08-31T23:45:32Z</updated>
    <summary><![CDATA[&nbsp;8月28日、豊田市美術館へ行ってまいりました。フェルメールとフランド...]]></summary>
    <author>
        <name>早川静英</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shuzui.jp/president-blog/">
        <![CDATA[<p>&nbsp;8月28日、豊田市美術館へ行ってまいりました。フェルメールとフランドルの画家たちというテーマの美術展でした。本日が最終日で、日曜日ということで大変にぎわっておりました。わが社の歴史も350年を経過いたしておりますが、そのころのオランダおよび，現在のベルギーを含む地域で活躍した画家たちの展示会でした。現在わが社は、オランダに本拠地を置く同業者とビジネス交流を深めております関係上興味を持ったというのが本音であります。</p>
<p>　さて、フェルメールの作品はかの有名な『地理学者』であります。ふつう画題としては、しっくりと来ないものですが、本物をまじかで見ればそんなことはどうでもよくなります。借りた、レシーバ付きテープレコーダーの軽妙な解説と相まって2時間近くの一時をゆっくりと楽しく鑑賞させていただきました。</p>
<p>　ただ残念なことに、フェルメールの作品はこれ一本のみでした。21歳で画家になり、43歳でこの世を去った画家の作品は現存するものは世界で33点ほどしかないといわれる。あの有名な『真珠の耳飾りをつけた少女』はありませんでした。この時期の絵画を蒐集した人はドイツ人で、収容している美術館もドイツ所在のものです。今回海外に出るのは初めてで、おそらく今後は海外に出ることはないだろうといわれております。現在日本が借り出せたのは、たまたま収容している美術館が大改装を行っているため、その期間中のみ貸出するというチャンスに乗じたものでありました。</p>
<p>　さて『地理学者』ですが、観賞に出かけるまで、画題にしては妙なテーマだなという感じでした。中世15世紀～16世紀のころといえば、まだまだ、教会勢力の影響が強い時代です。テーマといえば、スポンサーは教会か支配層である貴族階級ということで、聖書に基づく宗教画ばかりです。ところが、突如といいますか、それまで考えられたこともない一般市民が主役の絵画がフランドル地区に登場したわけです。そしてその代表作がこれなのです。もちろん、この地区では有名さではフェルメールを凌ぐ、レンブラントという巨匠の傑作『夜警』も登場するのは一般市民です。ちなみに、30年ほど前に、アムステルダムのオランダ国立美術館で、お目にかかっております。30人近い群衆の集まりを描写したものですが、当時は、まだ絵画への警備も緩やかで、手を伸ばせば触れることさえできそうなところにありましたのが、いまおもえば、とても印象的でした。</p>
<p>　ところで、これまで、個々の絵画としてなんとはなしに認知いたしておりましたが、なぜこの地区にこのような画期的なテーマの転化が起きたのでしょうか？改めて不思議に思いました。会場を埋め尽くす大半の絵画は、農民の生活・・風俗画というジャンルのものか、宗教色のない風景画、またリアルな静物画など、現代につながる思想的背景を暗示する作風の意味がこの展示会をみて初めて知りました。</p>
<p>それは当時のオランダが、スペインの桎梏を粉砕し、一般市民が東インド商会を起こし、世界貿易に乗り出した時期に対応いたします。日本にもやってきて、徳川家康の庇護を受け、日本貿易を独占したように、しっかりと、稼ぎまくったということです。大航海時代の世界貿易に大成功したおかげで、市民は裕福になり、貴族、教会の財力おおきくしのぐようになり余裕ができた。そこで裕福になった市民からの注文が多数寄せられるようになり、画家たちはこれまでの制約から解放されそれぞれが得意とする分野での活動を始めたということです。つまり大航海時代の到来が絵画の歴史に素晴らしい句読点を与えたということです。世界を相手の貿易には、地理の研究が欠かせません。そこで、この『地理学者』の登場が必然性を帯びるのだということがいやでも伝わってまいります。主人公は机の上に、地図を広げ、コンパスを手に何やら考えているポーズをとっております。後ろの戸棚の上には、地球儀が置かれております。着ている衣服は日本風の着物ということも言われております。これを着られるのは相当社会的地位の高い人物といわれており、当時の地理学者は当然社会的エリートということになります。そして、人類史上、転換期を飾る絵画の登場人物として永久に保存されることになったわけです。まことに良き絵画展でありました。</p>
<p>美術展にて</p>
<p><a href="http://www.shuzui.jp/president-blog/files/docs/20110831094451001.pdf">http://www.shuzui.jp/president-blog/files/docs/20110831094451001.pdf</a></p>
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    <title>株式市場から見た日米関係</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.shuzui.jp/president-blog/2011/post-94.html" />
    <id>tag:www.shuzui.jp,2011:/president-blog//3.197</id>
    <published>2011-08-30T05:03:34Z</published>
    <updated>2011-08-30T05:05:16Z</updated>
    <summary>２０１１，８，１１、本日の株式市場で妙な異変が起きております。これは日米関係で新...</summary>
    <author>
        <name>早川静英</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shuzui.jp/president-blog/">
        <![CDATA[<p>２０１１，８，１１、本日の株式市場で妙な異変が起きております。これは日米関係で新しい潮流が始まるのかどうかという憶測を抱かせます。今日だけのことかもしれませんが、これまで長い間、日本の株式市場は、アメリカのそれの写真相場といわれてまいりました。アメリカでダウが１００ドル上がれば日本でも１００円、日経２２５が上昇するという、几帳面な追従振りでした。しかし最近の日米株価、いや総合指数の相似性が少しずつ崩れだしているように見えます。まだ経済アナリストのだれも言い出していないのですが、内心はおかしいぞという疑念を抱き始めているのではないかと思います。しかしはずれる公算も大でプロとしては言い出せないのではと勘ぐっております。</p>
<p>　本日の日経ダウは、昨日のアメリカの大暴落５５０ドル下げにいつものように連動すれば、５００円以上に下げるべきところ、なんと５６円と一桁下の下げで終わっております。なぜ？なぜ？という問いが１０００回出てもおかしくない。アメリカさんの東北友達作戦もむなしくこのアメリカ市場に対する謀反は私から見ても許しがたいのですが、現実がこうなっております。途中での下げはアメリカ連動の癖でやはり大きかったのですが、終わりは小幅に終わったということは、テクニカル的に見て、ローソク足の下ひげが長い日足で、下値に対して猛烈な買い下がりが行われたということです。また同時に、下げ相場はここまでよという暗示をしているところです。かたやアメリカ市場の行方は軽々しい予断を許さない厳しさが予想されております。もしこれで、日米株価の相反が引き続くとなれば世界経済は新局面に入る？ジャパン・アズ・ナンバーワンの復活になるか？今先進国で近々３～４年の間に２０～４０兆円の財政出動とそれに伴う需要が期待できるところはどこもありません。しかも大きな打撃をこうむったところは漁業、農業等第１次産業で、高度技術集積産業ではないので復活も早い。今回の場合は阪神淡路のような単なる復興需要のみならず、今月末通過する、再生エネルギー法案にみられるように、原発に懲りて自然エネルギーの開発に国を挙げて取り組むといいうコンセンサスが、珍しく、自公民の大同一致で実現したということ。これは日本が本来持っていた再生エネルギー技術を総合して、さらに磨きをかけ量的な拡大を図るという国家的な意思表示であります。国内に誘発される需要はばく大なものになりそうな上、量産による経済効果は世界に輸出できる価格競争力を醸成するというおまけにつながりそう。この方は、長期的に見て、復興需要より大きいと思われます。こういうところが、アメリカの国債が初めてランクダウンされたという現実と重なり合い、不条理と思える株価の連動性の破壊現象につながったという説を唱えたい。この読みあたるか？</p>
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    <title>想定外事件の２件（その２）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.shuzui.jp/president-blog/2011/post-93.html" />
    <id>tag:www.shuzui.jp,2011:/president-blog//3.194</id>
    <published>2011-08-02T07:14:00Z</published>
    <updated>2011-08-03T07:54:48Z</updated>
    <summary>想定外事件の２件（その２） さて、福島第１原発事故の方ですが、このところ、韓国で...</summary>
    <author>
        <name>早川静英</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shuzui.jp/president-blog/">
        <![CDATA[<p>想定外事件の２件（その２）</p>
<p>さて、福島第１原発事故の方ですが、このところ、韓国でフランス製新幹線の車両が韓国製になってから故障が続発しているという報道が新聞に出ておりました。４年ほど前に、ソウルからプサンまでのって見ましたが、少々おごって日本でいうグリーン車を選びました。しかし乗ってみた限りではなんとなく頼りなく、華奢で、こんな軽い車体で高速を走るのは怖いという実感でした。フランス製らしくインテリアデザインはプラスチックやガラスを多用したサロン風の粋なつくりではありましたが高速鉄道という存在感からするとどうも今一つという感じがいたしました。それに引き替え、日本製は重厚感があり身を任せて、安心感があります。身びいきと言われればそれまでですがやはりものづくりでは文化の差というだけではないものの考え方の相違が強く感じられました。同じ東洋民族の韓国が、入札で安かったどうかはしりませんが、現在故障が続発しているということは韓国と日本のモノづくりの歴史の差というものが存在するものと考えられます。日本の場合は明治以来の歴史を持っております。その間に培った技術力というものの結晶が新幹線という産物を生むに至ったものであります。おそらく韓国の場合は戦後以来の歴史があるにとどまるのではないでしょうか？歴史的な基礎技術の蓄積がない状況での模倣は簡単でありません。その結果が表れているものと思われます。</p>
<p>なぜ韓国を取り上げたかというと、日本にも同じような現象が起きております。福島原発であります。これは核忌避症の日本が初めてアメリカより導入した、原子炉発電装置ですが、これこそ当時の日本は全く原子力に関する製造技術力はなく、１００％アメリカ依存の設備でした。しかもその設備は、初期のころのあまり成熟していないフエーズのものでした。おそらく１００％アメリカで設計製作されたこの原子炉は、日本の特殊事情はほとんど考慮されていないと思われます。世界有数の地震国。逃れようのない狭い国土にひしめく１億２千万の民。繰り返し定期的にやってくる自然災害や大津波みたいなものはほとんど念頭になかったと思われます。つまりアメリカ側のほうでいわせれば、想定外のものと言わざるを得ません。ただ日本側も日本の事情は承知しているはずですが、誰かが根拠もなく大丈夫と言い出せばあえて反対できる経験と技術力はない。そして安易について言われるままに導入する。そして破綻すると打つ手も乏しく右往左往するだけとなります。導入以来４０年たつ間に日本の特殊事情というものを原子炉の保全上に反映させるチャンスはいくらでもあったはず。またこのままでは危ないぞという懸念も提案もあったと聞きます。それをせず、ずるずる成り行き任せで、想定外はないでしょう。技術力というものは本当に一朝一夕に出来上がるものではないという痛い痛い実績を日本は余儀なく積み重ねることになっております。この稿のテーマである２つの想定外という事件ということになります。それが、わずかな時間軸でやってきたということです。ただ後先が逆であったら日本はどうなっていたかと思うと、やはりなでしこジャパンに最敬礼ということになりますか。野村元監督の言う『不思議な勝ちはあるが不思議な負けはない』を地でいった２件の想定外事件。失敗に学ぶということも成長のために必要として、日本はうれしい想定外と、この失敗の方の想定外をしっかり吟味して、甘受しなければなりません。以上</p>
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    <title>想定外事件の２件（その１）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.shuzui.jp/president-blog/2011/post-92.html" />
    <id>tag:www.shuzui.jp,2011:/president-blog//3.193</id>
    <published>2011-07-22T07:10:07Z</published>
    <updated>2011-08-03T07:53:13Z</updated>
    <summary>想定外事件の２件（その１） イヤー驚きました、なでしこジャパンのＷ杯優勝。今年に...</summary>
    <author>
        <name>早川静英</name>
    </author>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.shuzui.jp/president-blog/">
        <![CDATA[<p>想定外事件の２件（その１）</p>
<p>イヤー驚きました、なでしこジャパンのＷ杯優勝。今年に入り未曽有の大事件がわが日本に勃発いたしました。もちろん福島第１原発事故を同じ範疇に乗せるのは不謹慎かもしれませんが、想定外というキーワードでくくればということでお許し願いたい。</p>
<p>　日頃あまりサッカーには興味がないのですが、今回ばかりは、優勝が懸かっているというゆゆしい事態であります。３時に起きられるように、テレビにタイマーをかけて寝ました。実はこの前のスエーデン戦もみておりました。見た感じでは大人と子供との戦い。また見様によれば、男対女子の戦い位の体格の差に見える。プレーがスタートしたときはこれではとても勝負ならないと感じました。はたしてスエーデン女性の体がちょっと触れただけで日本女性は吹っ飛んで行ってしまう。そんなことがピッチのあちこちに続発。ああ気の毒に、なぜ日本バレーチームのように体格の立派な選手を選ばないのかというもどかしさを感じていましたが、日本側女子があんまりころげて目立ち、相手側の反則が続発という事態になり、日本側はいいアドバンテージをもらえるという妙な展開となっていきます。大きな身長のスエーデン女性の回りからちょろちょろと小柄の体が駆け回り、いつの間にかボールの支配は日本側に回ってしまうという自体になり、相手を翻弄し始めるに及んでスエーデン側はどう攻めればよいのか茫然自失と言った状況になってしまった。あとはご存じのとおり。</p>
<p>　そしてアメリカ戦、世界第１位の実力チームである。自信もあり見るからに優越者の貫録がにじみ出ている。おそらく日本ごとき何ものぞという気概で乗り込んできたことは間違いありません。太平洋戦争で完敗したトラウマに憑かれている私の方がビビッているぐらいです。開始早々、もういきなり猛攻が始まります。硫黄島の戦いみたいに、凄まじい艦砲射撃です。日本側は防戦一方です。ああこれではもう長くはもたないだろうとあきらめかけたのですが、アメリカ側が蹴り込むボールがことごとくはずれていく。もう今回はダメだろうと思うとゴールの柱直撃だったりとしてどうしてもゴールに入らない。アメリカ側も日本女性の身体状況を熟知してあまり体当たり攻撃をしない。かたや、日本側も厚い壁に阻まれ、なかなかチャンスをつかめない。ただ不思議だったのは日本側に全く焦りの色が感じられなかったことです。嬉々として走り回っている。そんな感じのところ、アメリカチームの方は何度打っても大砲の弾が塹壕にこもったなでしこ兵士の頭の上を軽々飛び越えていってしまう体たらく。そして前半はイーブン。猛攻をかけたアメリカ側は休憩時間に「なんやこれ！」といった落胆に近い心境になっていたと思いますが、おそらく日本側は命拾いをして防戦一方で攻撃ができなかっただけ余力残していたと思われます。</p>
<p>　そして後半、またなかなか入らない。しかし何とかアメリカ側も力を振り絞り、後半に１点を奪う。あの時のアメリカ側選手の安堵に似た表情。おそらくもうこれで勝ったも同然と思ったとみます。見ている私もそう思いました。あとわずかなプレー時間しかなくそれを凌げば勝ちが転げ込んでくる。ここで、アメリカ側の力が抜けたと思います。『ほらやっぱり我々にかなうわけないでしょう？』そして、ボールパスして回すという逃げの態勢に入りました。その油断をついて日本側はぎりぎりの時間に、ゴールを決めてしまう。ついに、延長戦に持ち込みます。どこまでもくらいついていこうとするチームと、うるさい相手を早く払い落としてしまいたい願望にとらわれたチームの差が徐々に表れてきました。そして、これではと気を取り直したアメリカ側は猛攻を再開して１０分ぐらいのところで長身の主将が日本の追従をかわし、これでもかとボールをゴールにけり込みます。すごい迫力でした。この時日本中は悲鳴と悲嘆の渦にのみこまれました。あと５分でアメリカ側の強力な防衛線を突破できるとはよほどの楽観主義者でも想定できない事態でした。それが何ギリギリの時間帯でいともあっさりと日本のエースが得点してチャラ。ほとほとアメリカ側は嫌気がさしたのではないでしょうか？</p>
<p>　ＰＫ戦に持ち込めばもうしめたものです。はるかにこまかな運動神経に恵まれた日本女性の独断場となりました。しかし、ここまで持ってくるのが大げさではなく奇跡に近いものではなかったでしょうか？日本も含めて、どの国も想定外と認識した瞬間でありました。心より申し上げます。おめでとうございましたと。</p>
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