秤屋会長のひと言

私の八月十五日 part.4

2019/01/21

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あっさりとミステリー性なく結論を出し、山縣有朋元帥を俎上に載せましたが、戦犯として極東裁判で裁かれ死刑になった東條英機以下のメンバーのごとく推進グループというものは存在するわけです。しかし代表としての責任者として、私としてはこの統帥権を確立させた山縣元帥を押さざるを得ないというところです。ただこの権力機構を作った本人たちは、それにより後世、安易に太平洋戦争を引き起こし、大敗北こうむり、膨大な死傷者と災厄を招くなどとは夢にも思っていなかったのではないかと思います。むしろ、幕末の命がけで政権を奪取したものにとって、自分たちの存在を守るだけのためのもので、その行使については慎重であったのではないか?後世の机上の秀才たちが、その恐るべき魔力をやすやすと手に入れて、ほしいままにした事による災厄に他なりません。子供の火遊びみたいに。

第一次大戦終了後、 明治の元勲達がその魔法の杖を置き土産として残し、この世を去ります。そしてその恐ろしい魔力をコントロールすべき人間を失い、その怖さを知らない世代によって、統帥権を野放図に行使されてしまったということになりましょうか。ともあれ当時の世界情勢として、日本は世界の大国である、清国を破り、さらに欧州で最も恐れられており、十中八九勝ち目のない帝政ロシア陸軍との戦争にも勝ち、さらには第一次世界大戦でも勝ち組に入り、向かう所敵なしの状況に置かれます。この頃の日本人の心境は歴史始まって以来の大勝利の連続に舞い上がり、酔っ払ってしまったんですね。冷静な判断ができなくなっていたんですね?この後のことは私が書き込む必要はありません。周知の事実、現代史の部類に入ります。

最近明治150年と言われ盛んに近代の節目である、明治維新について言われている事は本当なのであろうかという著述がまだ少数意見として散見されるようになりました。幕末から明治にかけての歴史については、薩長政権が自分たちの正当性を保証するため、自分自身を美化して来ているという。これは中国の3千年の歴史時代の王朝変遷史の全てに政権をを握った側の都合の良い事実をでっち上げ、正史として編纂いたしております。日本だけそういう偏向はなかったといえばこれはどうも疑わしい。後輩達の太平洋戦争において、大本営発表の戦況報告の大嘘は世界の笑い者になっている現状からも推察されます。今から思ってもお恥ずかしい。面をあげていられない。

例えば、戦中、日本側が発表した、アメリカ空母の撃沈数を集計すると、とうにアメリカが所有していた空母の数を超えていたり、撃沈され海上にいるはずのない空母が堂々と出て来て攻撃してくるなど、そういう情報操作、隠蔽を公表できない言論弾圧がまかり通るのも魔法の杖の影響でしょうか?

参考文献
保阪正康 (2005)『あの戦争は何だったのか─大人のための歴史教科書』, 新潮新書.
保阪正康 (2018)『昭和陸軍の研究』, 朝日選書.
原田伊織 (2017)『明治維新という過ち 日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト』 ,講談社文庫

掲載画像出典元
 フリー百科事典 ウィキペディア(Wikipedia)

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会長プロフィール

早川静英

早川 静英
35年生まれの戦前派。早稲田大学政経学部で経済学を専攻。

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略歴

60年中日新聞社入社。
67年(株)守隨本社入社。三県下に限られていた販域を全国区へ展開
74年同社常務就任:機械式はかりから電子式はかりへの転換にいち早く取り組み、成功。新製品を次々と発表。次いで85年よりプラザ合意後の円高を利用し、海外との交流を開始。海外優秀製品を日本市場へインプットし、吊り秤市場ではTOPのシェアを掌握した。
90年同社社長就任
以後、移動式計量機で産業界の物流システムに貢献した。
2016年代表取締役会長に就任

社長プロフィール

早川 亘
72年生まれのロスジェネ世代。南山大学法学部法律学科で法律学を専攻。

略歴

94年名古屋短資(現セントラル短資)入社。日銀直下の短期金融市場で90年代後半の金融危機を体験。
99年(株)守隨本社入社。
2014年同社専務取締役に就任。
2016年同社社長就任
営業から製造まで幅広く業務をこなす傍ら、語学力を活かして海外との交流を積極的に拡大するとともに、2011年のISO9001認証取得時にはQMS構築及び責任者を担当、2015年の指定製造事業者認定取得時には責任者を務め、自社の競争力強化に努めている。