秤屋会長のひと言

私の八月十五日 part7

2019/09/29

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これで日本敗戦への総括を終えて、肩の荷がおりました。そこで何とは無しに関連のある私的エピソードを添えて最終としたい。

わが父は、昭和十二年八月、私が二歳の頃、上海事変と称される日中戦争の勃発と同時に召集されました。私の一番古い記憶が、出征を見送る大群衆の名古屋駅での風景です。私は父の従兄弟にあたる人に抱かれて見送りに連れていかれました。名古屋師団を中国へ送り込むためのセレモニーです。それこそ父子最後の別れでしょうか?今でも覚えておりますが、真夏の熱気が湧き上がり人いきれでむせかえっておりました。見送りの人で、コンコースから階段、プラットホームは超満員で、出発の時間が近づくにつれ、それぞれ思い思いに見送りの集団が万歳を繰り返している。2歳の幼児には耐え難いストレスでした。遅れてきた人であろうか、血相かえて走りつまずき転び、私の目の前で持ち物をぶちまけていたりしていた、あの時の異常な光景は忘れられません。

それから敗戦の昭和二十年時まで8年間父は帰ってこれませんでした。よく生き延びたものです。と書きながらふとテレビを見たら、 令和元年八月十五日、午後七時三十分より、NHKスペシャルで、終戦記念特集として「全貌二・二六事件~最高機密文書で迫る~」の放映が始まりました。 これまで83年間おもてに出ることがなく秘匿されていた一級資料が忽然と姿を現したのです。

この事件に関してはすでにこれまで、詳しく全貌が伝えられており、今更新しい資料など出る余地がないと思われていた。それが、事件発生以来それこそ分刻みで事件の推移を記録された文書が発見されたのです。しかもその詳細について実写フイルムを裏付けに発表いたしております。もちろん日本の運命を決定的に傾斜させたこのクーデター事件に新しい発見があったことを、最後の数分間に映し出しておりました。唖然です。あまりにも意外な結末にNHKも論評を加えておりませんが、時効となっており今更責任追及もできません。

海軍情報部?が、このクーデターとその首謀者グループの氏名までを六日も前に完全に把握していた事を示す文書が資料の末尾に書き記されていたのです。 なぜこのような国の運命を左右するような重大な情報が握りつぶされてしまっていたのか? これを著者の主張を演繹すれば、『日本海軍は日本帝国を太平洋に沈めた』という結論になる。

この謎めいた結論に関してわかっていただくためには本書をお読みいただくよりないと思います。

それにしても偶然ブログを書き終えるその瞬間にまたしても?衝撃的な資料発見とは。

著者の主張を裏付ける強力な証拠ではないでしょうか!? 以上

 

秤屋会長のひと言

会長プロフィール

早川静英

早川 静英
35年生まれの戦前派。早稲田大学政経学部で経済学を専攻。

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略歴

60年中日新聞社入社。
67年(株)守隨本社入社。三県下に限られていた販域を全国区へ展開
74年同社常務就任:機械式はかりから電子式はかりへの転換にいち早く取り組み、成功。新製品を次々と発表。次いで85年よりプラザ合意後の円高を利用し、海外との交流を開始。海外優秀製品を日本市場へインプットし、吊り秤市場ではTOPのシェアを掌握した。
90年同社社長就任
以後、移動式計量機で産業界の物流システムに貢献した。
2016年代表取締役会長に就任

社長プロフィール

早川 亘
72年生まれのロスジェネ世代。南山大学法学部法律学科で法律学を専攻。

略歴

94年名古屋短資(現セントラル短資)入社。日銀直下の短期金融市場で90年代後半の金融危機を体験。
99年(株)守隨本社入社。
2014年同社専務取締役に就任。
2016年同社社長就任
営業から製造まで幅広く業務をこなす傍ら、語学力を活かして海外との交流を積極的に拡大するとともに、2011年のISO9001認証取得時にはQMS構築及び責任者を担当、2015年の指定製造事業者認定取得時には責任者を務め、自社の競争力強化に努めている。