秤屋会長のひと言

自己変革について


自己変革亡き者滅ぶ



ダーウインの警句をご紹介するまでもないことですが、環境の変化に合わせて、自己改革ができない者は、自らを絶滅種に追い込んでいることになります。しかし、現実には、環境の変化に気がつかないか、気がついていても、苦痛を伴う変革を実施しなければならず変革の決断ができないで過ごしている。その結果はどうなるのか?



相当古い話ですが、SF仕立てのアメリカ映画で、最新鋭の空母フィラデルフエアが太平洋上で訓練中に、突然、時空の歪みにはまり込み、一挙に、第2次大戦中の中部太平洋に出現してしまうという設定です。現在公開中の"戦国自衛隊"と似ている設定ですが、その映画の粗筋とかはどうでも良いのですが、映画の冒頭は、巨大な空母に、軍服ではなく民間人の服装をした30代の若者がタラップを上がってくるところから始まります。そして、当然、咎められると、艦長にあいに来た案内してくれという。この若造がどうして、巨大空母の乗組員5000人ものトップに君臨する艦長に、面接を要求できるのかわからないまま、艦長に連絡を取ると、政府関係の科学者ということで、通せということになり艦長室に入り込みます。軍隊式の挨拶もなく、ざっくばらんに用件を艦長に伝えます。巨大空母のシステムおよび組織の陳腐化、矛盾、不合理等があるかないか、調査分析に来たと告げます。この用件は一切映画の筋とは関係がないのですが、どうですか、この第3者による容赦ない変革への強制力を持った制度を当たり前のように作動させている国家がアメリカなのです。これはフイクションではないようです。艦長の対応も自然であり、若者だからと見下してもおらず、協力を惜しみなく約束している。わが日本にこういう制度があるのでしょうか?巨大な組織やシステムが初期の目的を果たし、使命を終えているか終えかけているのにのにもかかわらず、改革を拒み、依然として、一つの権力として、存在し続け、国家国民にとって脅威となっているにもかかわらず、その存在を逆に、強化維持しようとする。それに対して、有効な現状適応能力ないしシステムをわが国は持っているのだろうかと疑問に思います。小泉さんは、道路公団改革をはじめ,郵政民営化に果敢に取り組んでいられるが、これは、肥大化して無用化した政府関連機関に大鉈を振るい、改革を進めて、国の窮状を救おうとされていられる。それに対して、反対勢力の破廉恥な攻撃には一国民としては怒りさえ覚えます。日本にも、自己改革が自然にできるようなシステムをスタビライザーとして持てたらと痛感いたします。




35年生まれの戦前派。早稲田大学政経学部で経済学を専攻。

略歴
60年中日新聞社入社。
67年(株)守隨本社入社。三県下に限られていた販域を全国区へ展開
74年同社常務就任:機械式はかりから電子式はかりへの転換にいち早く取り組み、成功。新製品を次々と発表。次いで85年よりプラザ合意後の円高を利用し、海外との交流を開始。海外優秀製品を日本市場へインプットし、吊り秤市場ではTOPのシェアを掌握した。
90年同社社長就任
以後、移動式計量機で産業界の物流システムに貢献した。
2016年代表取締役会長に就任
2021年代表取締役会長を退任

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