秤屋会長のひと言

名古屋 冬の陣(有権者の反乱)


2月6日、ついに、有権者の決断が下されました。市会議員は全員罷免、再選挙となり、日本の議会政治の歴史上、未曾有の事件となりました。かって、大阪冬の陣と夏の陣で、豊臣政権を打倒して、徳川政権が以後250年にわたる独裁政権の確立を成し遂げたように、名古屋冬の陣は果たして日本の民主主義の根本的な改善となるのであろうか?ともかく、選挙前までは、低姿勢な政治家も、いったん当選すると、権威主義的な特権階級化してしまいます。そして庶民は見下され、言い過ぎかもしれませんが、搾取の対象に過ぎません。何せ徴税権という、伝家の宝刀が政治家の裁量に任されるわけで、政治家の報酬もどれぐらいのものか、庶民の誰もが知らない状況下で隠密裏に決められている。今回図らずも、河村市長の暴露により、生活に困窮する庶民、働けども働けども累進課税に苦しめられる中間所得層。高所得を得ている日本をリードする優秀な働き手たちも自分の年収にごっそりかかる税金を見ればやる気をなくすような現状が、政治家から見れば知っちゃいないのでしょう。100人中99人までそういう政治家ばかり。その中にあって、河村市長は自ら報酬を半減して,市庁舎への通勤も市バスを利用するという挙に出ました。そして、選挙中の公約である、10%減税を実行に移そうとして、壁にぶつかります。既成の政党政治家が黙っているわけもない。権もほろろの抵抗。ここで有権者も気がつきます。一体われわれが選んだ政治家というものの正体は何か?河村市長の提案を扱う議題に対して論外といわんばかりに、にべもなく否決する傲慢な市議会の態度をテレビなどで見せつけられますと、現在日本が最上のものとして選んでいる代議制議会政治について懐疑的にならざるを得ません。その気持ちをよく察するところの河村市長はここで思いかけない挙に出ます。市議会の解散リコールです。おそらく市議会もここまではやらないだろうと高をくくっていたリコール宣言です。ほとんど有名無実化していたこの市民の貴重な権利を見事に具体化したわけです。もし失敗したらとか実現までの手の込んだ施策を必要とする苦労をいとわず実施に踏み切った快挙。これに名古屋の市民はたとえようもなく感動いたしました。拍手喝采です。日ごろあまり政治には関心を持っていない我が家の婦人たちも今回は応援しますと宣言。私よりも先に、街頭での署名運動に行き、炎天下で行列を作って署名いたしました。しかしリコール投票に必要とする票数は36万票。並大抵な数ではありません。それがなんと、必要数を10万票上回った46万票という結果が出ました。しかし抵抗勢力もあきらめません。有効投票かどうかの審査会を立ち上げ,そのグループの中に旧市会議員をもぐりこませて、委員長などに任命いたします。そこで無理やり36万票を1万5千票まで下回る11万票を無効としてのけます。これで市会側はしてやったりというところでしょう。私の家にも有効性に関して疑義があるということで、記入表が送られてきました。見ると名前の後の住所について、家族についで、2番目の署名は妻で、住所のところが〃と書いてあるので無効ということらしいのです。確かに〃という住所はないねといいながら、わが妻は、あきれながら、書き込みを入れて返送いたしました。ただし書きに、こんなことで公費のむだ遣いをしないでくださいと書いて鬱憤はらしをしていたようです。炎天下片手で日傘を差しながらの署名です。〃と書きたい気持ちはわかります。結果は、10万票を全部見るまでもなく再審査に入って2日もたたないうちに、1万5千以上が復活してリコール投票成立となりました。



ここで河村市長の決断はものの見事に成立いたしました。これは名古屋市民の決断でもあったわけです。しかしリコールが是か非は投票を待たなければなりません。応援するほうも疲れます。それでも、また河村市長は次の手を繰り出します。市長を辞任するという策です。これは自分のとった行動が果たして市民に認められるかどうかを図りたいということです。なるほど。このおっさんは言い出したらとことんやる気なのだといやでもわかります。その上なんとちょうど任期満了の、愛知県知事に盟友の国会議員大村氏を担ぎ出します。もうこうなるとてんやわんやであります。追従不能です。そしてついに抵抗勢力には地獄の3点セットが出来上がります。すなわち、県知事、市長、リコールの3点であります。この3点が河村氏の思惑通り、出来上がってしまったら抵抗勢力は、外堀、内堀とも埋められ裸の大阪城と同じになります。そして運命の2月6日がきました。結果はご存知のとおり圧等的な勝利を河村氏がとることなりました。3点セットの成立です。この後40日をへて、市会議員の選挙が始まります。最後の仕上げです。現在までの推移を見ればおそらく河村派の過半数獲得は十分可能であろうと下馬評されております。組織票と浮動票の対決となります。ここから当分の間、スリルとサスペンスにさらされる名古屋市の政治の行くへは全国的に注目されることになるでしょう。

以上のことは名古屋の市民なら誰でも知っていることですが、それ以外の地方までは伝わっていないと思い書き述べました。とにかく画期的な現象です。河村氏の強引とも言うべき駆け引きに辟易してしかめ面をしている向きもないではないのですが、そういう毀誉褒貶には動じないしぶとさがある意味で政治家の持つべき資質と考えます。名古屋はというかむしろ日本は稀有な資質を持つ政治家の出現に注目すべきであります。どうやら大阪府の橋下知事も協賛の意思表示に傾いており、権威主義的な中央集権から、地方分権への胎動も感じられる。将来的には、河村市長もその方向へ向かうと見られているようです。




35年生まれの戦前派。早稲田大学政経学部で経済学を専攻。

略歴
60年中日新聞社入社。
67年(株)守隨本社入社。三県下に限られていた販域を全国区へ展開
74年同社常務就任:機械式はかりから電子式はかりへの転換にいち早く取り組み、成功。新製品を次々と発表。次いで85年よりプラザ合意後の円高を利用し、海外との交流を開始。海外優秀製品を日本市場へインプットし、吊り秤市場ではTOPのシェアを掌握した。
90年同社社長就任
以後、移動式計量機で産業界の物流システムに貢献した。
2016年代表取締役会長に就任
2021年代表取締役会長を退任

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