秤屋会長のひと言

計量は兵站である

今どきの若い人には兵站が果たして読めるのであろうか?またその意味するところは、兵の字があるごとく、軍隊に関連する用語である。[兵站とは、戦闘部隊の後方にあって人員、兵器、食料などの前送・補給や広報連絡線の確保に当たる機能で、対応する英語はLogistics.](計量新報社社説より)「兵站は本来,戦闘の要であるはずだが、日本陸軍では軽視されていた。…兵站蔑視の思想は太平洋戦争で、その弊害を顕著に露出させることになる。・・』日本軍の損害の6割以上が戦闘による戦死ではなく、兵站軽視により補給物資が届かず、太平洋戦争における天下分け目の諸戦闘ではことごとく補給線途絶、戦闘する前に飢餓により死亡するという体たらく。戦争にならない醜態を日本の陸海軍はさらけ出す結果を引き起こしました。確かサイパン戦記でよんだと思いますが、日本軍将校が戦闘中に爆風で吹き飛ばされ気絶している間に捕虜となったのですが、この捕虜となった将校はやがて、輸送船に乗せられアメリカ本土に送られることになりました。そうして、太平洋上を東に向かう船上で、西に向かう輸送船とすれ違いました。お互いにヤンキーらしい陽気さで、エールを交換しているさまを見て、その将校は、いったい何を輸送しているのかと、問いかけました。すると帰ってきた返事が何気なく“前線へコカコーラをもっていくところだ”という。この時その将校はこの戦争は負けと思わず涙したといいます。


 そうした先輩たちの苦い苦い教訓をわれわれは忘れてはなりません。上記の「計量は兵站である」テーマはわが社としてはわが意を得たりであります。現在わが社は移動式計量機を製品ラインの主力にもち、日本経済の兵站、つまりロジステックを担っております。すでに20年を経過しておりますが、輸送機器に関連する業界で守随のロジステック計量機は目覚ましい活躍を果たしております。私の年からいうと南の戦場でむなしく飢餓で戦闘もせず壊滅を余儀なくされた英霊たちはすぐ上のお兄さんたちであります。私がもう少し早く生まれていたら、南太平洋のどこかの島で朽ち果てていたことでしょう。私より10歳上ぐらいの叔父がやはり南方前線で病死ということで遺髪が返ってきましたが戦死ではないところが気にかかります。




35年生まれの戦前派。早稲田大学政経学部で経済学を専攻。

略歴
60年中日新聞社入社。
67年(株)守隨本社入社。三県下に限られていた販域を全国区へ展開
74年同社常務就任:機械式はかりから電子式はかりへの転換にいち早く取り組み、成功。新製品を次々と発表。次いで85年よりプラザ合意後の円高を利用し、海外との交流を開始。海外優秀製品を日本市場へインプットし、吊り秤市場ではTOPのシェアを掌握した。
90年同社社長就任
以後、移動式計量機で産業界の物流システムに貢献した。
2016年代表取締役会長に就任
2021年代表取締役会長を退任

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