秤屋会長のひと言

研修カリキュラム "天地明察"

2月29日アップした"はやぶさ"遥かなる帰還の第2弾!

数々の挫折を繰り返しながら、大事業に挑む映画の主人公の姿を通して我々に課せられている責任を改めて実感したい。ものづくりの現場にいるスタッフ一同で感動を分かち合いたい。
この様な意図で、弊社研修カリキュラムの一環として、10月6日 「天地明察」 鑑賞を実施しました。

前回に引き続き、鑑賞後の弊社社員感想文の中から、武田次長、小熊所長、大貫課員の感想をご紹介致します。


映画鑑賞 天地明察 感想レポート  武田
私にとっては2月のハヤブサ依頼の映画館での鑑賞でした。当映画を見るまでは内容は全く知らず、2010年の本屋大賞第1位を取った小説という事を知っていた程度でした。
非常に長編大作の映画で、正直見ていても中弛みする部分もありましたが、見終わった感想としては、やはり何事も偉業を成し遂げる人というのは多大な労を乗り越える強さ、決意、又良き友、仲間と出会い、最後は己を信じ、時には命を掛けてまでの決意を持って、初めて成し遂げられるのだと改めて痛感致しました。
安井算哲の功績としては、日本独自の大和暦を作り出したことにありますが、映画を見終わった後には、歴史ある我が社守隨の諸先輩方々も秤座の創業に至るまでには、詳しい文献等はなくとも様々な困難を多々乗り越えて来たのでしょう。そんな歴史、名誉ある企業の一社員として、諸先輩方々の功績があってこその今の守隨がある事を、時には思い出し、何といってもこれからの社を良くも悪くもするのは現在在職している我々ですので、更に企業として発展させていく我が社の古い歴史の僅か1ページでもよいので私も名を残せるような一社員になれるよう日々営業活動に精進していきたいと思います。


映画「天地明察」を鑑賞して 小熊
“暦”をテーマに江戸時代初期の政治・公家の権力背景などを面白おかしく、ドラマチックに表現した非常に面白い作品であった。
安井算哲という“碁打ち”の生涯を、日本独自の“暦”を作るという目標に向かって試行錯誤することはもとより、様々な人間関係を伴って一つのテーマに向かって突き進む様子は鑑賞時間を短く感じさせる程に明確で引き込まれた。劇中で登場する登場人物も趣向が凝らされており、「本因坊」は、現在の囲碁の最高峰戦『本因坊戦』を身近に感じさせた。「水戸光圀」は、ご存知水戸黄門とは打って変わって非情で切れのある幕府の人物にうつった。朝廷側に市川染五郎・幕府側に松本幸四郎という配役も面白い。
さて、物語の内容は“碁打ち”が“暦”を作るまでの物語という非情に簡潔・明瞭な内容。しかしながら、紆余曲折さまざまある中ようやく完成したはずの“暦”が実は間違ったものであったり、それにようやく気づいて、更なる試行錯誤、師匠の死、仲間の協力、偶然による発見などを通じて完成に至った“暦”が、朝廷の権力により一蹴されたりと、見ている側がまだだめなのか?と思ってしまうほど世の中に認められない…。朝廷の協力者とともに命を懸けて一策講じて数十年に及ぶ正確な日本の“暦”が認められる。この映画では、国家権力による正義の捻じ曲げ、利権の確保といった現代にもある問題提起とともに、それに立ち向かう純粋な心、特に『一途に物事を成し遂げる』というメッセージが強烈に伝わった。 安井算哲は好きな星・算術を生かして挑むプロジェクトを、いかなる障害・妨害に出会っても、負けても、負けても辞めなかった。つまり、負けても終わらなかったのである。負けても、負けても、続けることこそ正義であり、勝利なのだというメッセージを鑑賞者に伝えたいという思いを受け取りました。
映画自体も非常にコミカルな部分もあり楽しく拝見しましたが、ビジネスに通じるメッセージ性もある作品でした。


映画「天地明察」感想文 大貫
日本人の学力、発想力の高さに非常に感銘を受ける映画でした。 また同時に、現在の。そして今後の日本人に果たして当時のような広い意味での学力を発揮することは出来るのか?と考えさせられる作品でもありました。

江戸時代。安井算哲(渋川春海)は囲碁の名門安井家の長子として生まれ英才教育を受け、上覧碁に出仕するまでとなる。算哲の知識欲はそれだけに留まらず、数学・暦法・天文学・垂加神道・土御門神道にまで迄び、本業(囲碁)を疎かにしていると怒られながらも天則や数理の勉強に明け暮れる知識欲の塊だったようです。 序盤に登場した算額(数学の問題を記した絵馬を奉納する)が江戸で流行していた事は以前聞きかじった事はありましたが算哲もその虜となっていた様子や、上覧碁にて宇宙ぽくて格好良いから初手天元に打つ(後日調べてみると、初手天元には戦術的価値のない悪手でした)様はユーモラスにその人物像を表していたと思います。 そのような多才が認められてかあるいは災いしてか、21歳で北極星の観測を命じられ1年。その後改暦の命を受け大和暦(貞享暦)が施行されるまで更に24年の歳月と苦難を乗り越える波乱万丈な人生を送ってきた様子が2時間半の映画の中に込められておりました。

正直、天文学がさっぱりな自分には作中に語られた数理と測定法、日食の予測がどう繋がるのかは理解出来ません。自身にも読み取れた事と言えば、類希なる集中力と向上心。広い知識に裏付けされた柔軟な発想と着眼点。作中、関孝和の稿本から得た知識を受け入れこれまでの考えを改める思い切りの良さです。本人の資質もありますが、これまで学んできた環境が非常に良いものであったのだと思います。

さて、自分を含め現代の日本人が算哲の様な高い学力を有しているかと問われれば、首をひねらずにはいられません。技術や知識で言えば算哲の生きた時代より370年経った現代の方がより研磨された高度なものとなっているでしょう。環境においても算哲が上覧碁を披露した年齢まで勉強する時間が与えられ、授業・書籍・インタネット等で情報過多と言っても良いくらい知識を拾うことが出来ます。
それでも数%の者を除いて算哲の様な洞察はまず出来ないでしょう。それを資質と言ってしまえば簡単ですが算哲の1番の資質は作中でも発揮し続けていた知識欲だと思います。「知りたい」「調べたい」と思えば当時よりも数段良質な知識がすぐに手に入ります。「この問題を解決したい」と思えば高度な知識と経験を身に付けた専門家や先輩方に相談を持ちかけたり、良質な知識を活用して自身で検討を重ねたりと現代の方がより高い水準で物事を考えられるはずです。
自分には洞察力や発想、そして知識欲についても算哲に及ぶところではありませんが、見習って改めることは十分やる価値のあることだと思います。まずは手の届く範囲で1歩。そこからさらにもう1歩と自らの「知りたい」を広げ身につけてゆければと思います。




35年生まれの戦前派。早稲田大学政経学部で経済学を専攻。

略歴
60年中日新聞社入社。
67年(株)守隨本社入社。三県下に限られていた販域を全国区へ展開
74年同社常務就任:機械式はかりから電子式はかりへの転換にいち早く取り組み、成功。新製品を次々と発表。次いで85年よりプラザ合意後の円高を利用し、海外との交流を開始。海外優秀製品を日本市場へインプットし、吊り秤市場ではTOPのシェアを掌握した。
90年同社社長就任
以後、移動式計量機で産業界の物流システムに貢献した。
2016年代表取締役会長に就任
2021年代表取締役会長を退任

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