秤屋会長のひと言

尖閣諸島と孫子の兵法

このちっぽけな島を巡って、GDP、世界第2位の中国と、同じく世界第3位の日本がにらみ合っております。それを世界第1位のアメリカがハラハラしながら注視しているという人類史上未曽有のおかしな世界構図になっております。
我が国の固有領土であることは自明で、ご存じのごとく、どうして難癖をつけられるのかさっぱりわからないというのが日本側の事情です。しかしこれまでの経緯から、ここに膨大な石油資源が眠っているということが発見されてから突然、中国がこれはもともと我が国の領土であると言い出したというところがいかにも見え見えで、古代中国の弱肉強食の三国志の時代に逆戻りしてしまっているようです。
いやいや、それどころか、三国志の時代は西暦で三世紀頃の中国ですが、今や中国は、もっと先祖帰りして、2千5百年前にまでさかのぼる時代にタイムスリップしているといえましょう。当時は、統一政権であった「周帝国」が弱体化して、群雄割拠の戦国時代に突入しておりました。中国全土を、数か国に分けて、覇権争いを展開する血なまぐさい戦争の嵐が吹き荒れておりました。戦国時代の始まりです。その中の一国に「呉」という国がありました。今でいう上海などの揚子江下流から、東シナ海沿岸地区を支配しておりました国です。その国の軍政を預かる参謀に「孫武」という人物がおりました。ソフトバンクの孫さんと同姓ですね。この人が国家が戦争という局面に至った場合の戦略を人類史上、初めて体系立てて著述した人物です。生涯どのように過ごされたかははっきりといたしておりません。当たり前ですね。2500年前に存在した一個人の詳細がわかるわけはないのです。しかし書きあらわした戦争論はれっきとして文献「孫氏の兵法」として現代にまで残されております。しかも残されているどころか、2500年以降に発生した人類の戦争史上これほど影響を与えた戦略は他に例をみないほどのものです。


この兵書の最も強調している極意は、『戦わずして勝つ』ということ。戦争などの手段に訴えるなど、よくよくの下策と説いております。戦争の方法論を解いているのが兵書というものなのに、その冒頭に戦争などよくよくのことのない限りするものではないというこのパラドックスを持ち出してきたところは、読む人には、相当なインパクトを与える効果があり、この書の非凡さがうかがえます。現代人のわれわれにはなおさら、この書が出てから2500年後の今、第一次、第二次の世界大戦を経て人類はようやく孫子のいうことが真理であることに身に染みて納得いたしております。


しかし現実は厳しい。21世紀の今日、相変わらず地球上のどこかで戦争は枚挙の暇なく続いております。そこで孫子はやむなく、戦争が起きた時の対処法について書き記さざるを得なかったということです。



  • 第1の原則は、『戦わずして勝つ』ということは前述いたしましたが

  • 第2の原則は、戦とは『騙しあい』であるという。


この第2の原則もまた戦争の真理を見事に抉り出しております。例えば、日本は第二次世界大戦のきっかけとなった真珠湾攻撃で、ひそかに航空母艦を主体とした大艦隊を、千島列島から北太平洋を大回りさせ、秘密裏にハワイ諸島に接近、宣戦布告と同時に数百機の戦闘機、爆撃機に、ハワイのアメリカ太平洋艦隊の基地ホノルルを襲撃させました。人類史上その規模といい作戦の大胆さといい空前絶後の作戦というのはこういうことを言うのかというぐらいのものです。不意を突かれた、アメリカ側は寝耳に水、折から休日、この日本軍の奇襲作戦になすすべがない。日本軍はやりたい放題。結果は大成功。ホノルルにいたアメリカ太平洋艦隊はほぼ全滅。日本中は歓喜の嵐に包まれました。私も幼児ながら、いまだにあの勝利を告げる軍艦マーチがラジオから繰り返し、繰り返し放送されていたことを鮮明に覚えております。秘密作戦が成功した瞬間であります。ところがです、これはみごと日本がアメリカ側の罠にはまった瞬間でもあったわけです。奇襲作戦は、アメリカ側の上層部には察知されていたとする説が有力であります。すでに、ヨーロッパではナチスドイツがイギリスとソ連を除いてほぼ全域を征服、ドイツ帝国が武力によって、ヨーロッパの覇権を握ろうとしていた。フランス、イギリスなど欧米諸国からしきりとアメリカの参戦が熱望されました。しかしアメリカは直接に攻撃を受けたわけではないので、参戦する大義名分が立てられず、また、民主国家として参戦に対する国民の支持が取り付けられません。そこへ、ドイツ、イタリアと枢軸同盟を結んでいた日本のパールハーバーへの奇襲攻撃が突如実行されました。アメリカ側はこれを待っていたのです。アメリカ側にとって幸運であった?日本からの宣戦布告が、日本大使館の不手際により、ハワイ奇襲攻撃の後出されたということにアメリカ国民は激怒し、日本は醜いだまし討ちを仕掛け3千人に及ぶ戦死者をむざむざ、出さしてしまったということになりました。あんなに参戦に渋っていたアメリカの世論を一挙に参戦に踏み切らせました。アメリカの大統領はこれを待っていたのです。騙したつもりが騙されていたということになります。アメリカの参戦は、聖戦というお墨付きがついてしまったわけです。戦争は騙しあいに勝ったものに帰することになります。東洋の兵法が何とアメリカ側の作戦に具象化されたわけです。もちろん孫子の兵法をアメリカ側によって、意識されてなされたのではなく、戦というものは騙しに始まるという典型例がこれなのです。兵法に東西はないのです。


さて前置きが長くなりましたが、尖閣諸島について考えましょう。
中国は孫子の兵法を成立させた本家本元であります。骨の髄までしっかりとこの兵法が根付いております。この兵法はいわば遺伝子のごとく連綿と受け継がれているわけです。もともと、尖閣諸島は何もない単なる貧相な島のうちは無視の状態でしたが、この島の周辺に、イラク並みの原油が眠っているという調査結果が公表されて俄然、中国はこれをむざむざ日本に占有させておくことはできないと思い始めたようです。古来より中国のものだったといい始めました。しかしとってつけたような主張には無理があると自覚して、一旦は子孫が解決するだろうとかという、かたちで、やんわりと、先送りとさせ、緩やかな対応でありますが、日本側に自由にさせないよう布石を打ってきました。この時の日本側の対応は、事を荒立てまいとする日本流の優柔な態度をとり、棚上げ論をずるずると容認してしまったようです。そうさせた中国側のずるさは並大抵ではない。『初めは処女のごとく、後は脱兎のごとし』という図をそのまま実行いたしております。これも孫子の兵法に書かれている有名な言葉ですが、見事、尖閣諸島問題で応用されております。


さて、最近になって、石原元知事が、東京都で尖閣諸島を買い上げるという狼煙を打ちあげました。中国に対して明らかな挑戦です。国有化です。これは中国も黙視できないということになります。根拠があろうとなかろうと欲しい物は欲しいというのが中国の論理でいささかもぶれない。


ここで中国側の考えを憶測してみれば、現代の状況で、アメリカをバックに持つ日本と本格的な戦争など到底できないことは百も承知、しかし、現状では正当性を主張する根拠は全くない。ではどうすれば尖閣を物にできるかという命題にたいしては、『戦わずして勝つ』という孫氏の兵法を担ぎ出すよりないわけです。そしてその実施策が現状中国がとっている神経戦です。これは孫子の戦略そのものです。相手を脅したり、戦争ぎりぎりまで攻め込んで、相手が本気になって出てきたら、引き下がる。しかし、もういいだろうと相手が気をゆるたら、また出てくるなどを、繰り返し執拗に続ける。最近の攻撃用レーダー照射などは水際作戦ですね。孫子の兵法ではこれによって相手の恐怖心を引出し、応対に疲れさせ、理性を麻痺させ、強引に何らかの譲歩をさせようという作戦です。最近の日本側にも、これにはまり、やはり話し合いに応じた方がよいとする少数意見が出始めております。これでは、中国側の思惑通りに進みつつあるということです。日本側が譲歩し、話し合いのテーブルにつけば何らかの譲歩が期待できることになり、中国側は『戦わずして勝つ』を見事に実現できたことになります。しかし、ここが正念場であります。日本としては相手の戦略をよく承知して対処していけばよいだけなのです。相手も人間です。同じように疲れてきます。根気比べという戦いを続けていくよりなく、相手の戦略を承知の上、知らぬふりしてこちらも大騒ぎして、根気よくお付き合いいたしましょう。政治家もマスコミもこれを機会に中国の古典に学ぶ機会と考えましょう。目の当たりに実演してくれているのですから。以上




35年生まれの戦前派。早稲田大学政経学部で経済学を専攻。

略歴
60年中日新聞社入社。
67年(株)守隨本社入社。三県下に限られていた販域を全国区へ展開
74年同社常務就任:機械式はかりから電子式はかりへの転換にいち早く取り組み、成功。新製品を次々と発表。次いで85年よりプラザ合意後の円高を利用し、海外との交流を開始。海外優秀製品を日本市場へインプットし、吊り秤市場ではTOPのシェアを掌握した。
90年同社社長就任
以後、移動式計量機で産業界の物流システムに貢献した。
2016年代表取締役会長に就任
2021年代表取締役会長を退任

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