秤屋会長のひと言

映画「1001グラム」はかりしれない愛のこと

最近、数少ない私のブログの読者から、毎回、難しいことばかり書いて読んでいて肩が凝るわと言われて深く反省。じゃあ、たまには砕けた落語でもと思いましたがそんな才能はない。そこで映画に助けを求める奥の手を思いつきました。前に映画スリーハンドレッドについては私の数少ない作文の中で及第点を取ったものと勝手に思ってります。


さて、この映画、私の計量器業界生涯で始めで終わりになる内容のものではないかと思います。主人公としては無機物の「キログラム原器」1個が60億の人間世界という「有機体」を・・・なんて書き始めるとまた叱られそう。


ただ我々業界はこの原器という存在がすべての根元にあることは明らかに否定できない事実であります。それを主軸に仕立てた映画なんて今まで誰も考えてきたことがないという点ではまさに画期的な着想と思えます。


このノルウエー映画はさすがのものだけに、ハリウッド映画みたいなとことん派手でセンセーショナルな演出は皆無。映画館に入るまで大丈夫かいなという疑念が渦を巻いておりました。


出演俳優も主たる人物はたったの3人。主人公のノルウエー国立計量研究所の女性公務員とその父親、そして物語の中で主人公にとっては協力者となり、さらに彼女の新しい愛人となる男性が一人のみ。女性公務員は現在離婚訴訟中の身の上。物語は実に淡々と進められていきます。


ハリウッド映画に飼いならされている私など見ているともどかしい?この親子はともにこの研究所公務員。しかし親が病で倒れたため、代理で職務を代行することになるのです。パリで行われるキログラム原器の再検査がテーマです。実に我々にはみじかな話題です。 ただパリに出かける前に、娘は相談がてら父親を見舞いに出かけます。重い心臓病の父親とはもうまもなくお別れとわかり落ち込む娘を慰めるようにジョークを飛ばします。人間の魂の重さを知っているかと尋ねます。それは21gだよと教えます。そこで皮肉交じりに世の中そんな重い魂を持ったのは少ないがと。離婚中の娘を慰めます。これがこの映画の表題の1001gにつながるのです。


仕事の方はパリに持ち込まれそこで出会ったもう一人の主演者、同じ業界人の助けを借りて難しい状況を乗り越えて成就致します。そして再びノルウエーに戻った主人公は、父親の死に立ち会います。そして、父親の遺言通り、火葬に付します。キリスト教の世界では復活信仰から土葬が常識ですが、この父親は火葬を希望しておりました。そこで、娘は遺言に従い火葬し、巧みに作られた木製の骨箱を受け取ります。そして何をするのかと思ったら、その遺骨の灰を研究所に持ち込みデジタル電子秤で測ります。


この辺りも我々秤業界の人間にとっては興味津々。遺灰が計量器上の容器に注がれ、デジタル数字が上昇しながら、1022グラムとクローズアップして止まります。となんとその安定していた数字が今度は勝手に徐々に減り始めるのです。20-19-18・・・ときて1001グラムまできてピタリと止まります!そのさ21グラムです!理屈を超えて感動が広がります。主人公の女性は「お父さんはここに居るのね。」と言うようにあたりを見まわしながらにっこり微笑みます。ここは父親が長年勤めていた職場です。他に誰もいない。いかにもふさわしい場所です。この辺の演技演出が素晴らしい。思わず引き込まれます。あの世の父とこの世の娘との絆が再び繋がった瞬間ですね。静かな静かなクライマックスです。深く感動いたしました。


さて終局、さすが北欧映画です。再びパリに戻った彼女は、新しい愛人と結ばれます。そして、最後の最後はなんと長さ3メートル近い金キラのバスタブが登場いたします。そこに二人は全裸で・・・風呂に入っているのですから全裸は当たり前です。そこでは惜しみなく成人女性の美しい肉体を丸見えにしてくれます。ボカシはありません。サービス満喫です。こうして地上でもまた新たな絆が結ばれます。再び感動!そこで最後のオチになります。それはなにか?見た者の特権としておきましょう。


オカルト好きな方へ


魂の重さ21gについては、アメリカの何処かの大学病院が、超精密な秤を内蔵したベッドを作り、亡くなられる直前の体重とご臨終後の体重の変化の統計をとったというニュースを読んだことがります。その結果平均21g軽くなるという結果が出たそうであります。この映画はその実験結果を反映しているようです。

これは我が社の社員研修事業の一環をなすもので、全社員が観劇いたしております。もちろん全員成人です。




35年生まれの戦前派。早稲田大学政経学部で経済学を専攻。

略歴
60年中日新聞社入社。
67年(株)守隨本社入社。三県下に限られていた販域を全国区へ展開
74年同社常務就任:機械式はかりから電子式はかりへの転換にいち早く取り組み、成功。新製品を次々と発表。次いで85年よりプラザ合意後の円高を利用し、海外との交流を開始。海外優秀製品を日本市場へインプットし、吊り秤市場ではTOPのシェアを掌握した。
90年同社社長就任
以後、移動式計量機で産業界の物流システムに貢献した。
2016年代表取締役会長に就任
2021年代表取締役会長を退任

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