秤屋会長のひと言

私と易17

明治42年(1909)、3年半在任した、初代韓国総監の地位を辞任した、伊藤公は、日露戦争の後、対ロシアの今後の対応を考え、満州視察 を計画した。日本による、韓国併合の1年前のことであった。このころ朝鮮半島では、排日運動が激烈を極めており、その計画を立ち上げた本人である、伊藤公への憎悪は険悪なものがあったそうである。少なからず朝鮮の近代化に貢献することになったという高評価もあるのですが、誇り高き朝鮮人は、日帝36年の恨といって今もなぶつくさ言っていることはご存知の通り。


 伊藤公が出立つに先立って、鹿島邸を訪れた時の会話が言い伝えられています。「閣下、今回の視察は取りやめていただけないでしょうか?」しかし後2日後に出発となった今、変更はできない。「それは何故ですか?」ここで、師は、「今回の視察について占ったところよくない卦がでました。」今回の視察旅行について占った結果は、凶兆の中でも最悪のものです。と。

 

占った結果は、

艮  為  山    第3爻変 とでました。
山が重複するという占果

 

3000年前、古代中国においては、山の意味するものは、障害物です。つまり自然障壁の象徴でした。古代において、山岳地帯を通行する時、人間の身体能力以外に助けるものはない為です。また盗賊などが待ち構えている危険エリアでもあります。もちろん、急変する自然がいつ牙をむいて襲ってくるかもしれません。その山が重なり合って前途を塞いでいるという卦です。

そして、朝鮮の現状はさながら火山が噴煙を上げ爆発寸前の状況。いわば導火線に火がついている状態。誰が見ても良い結果が期待できるものではありません。

卦全体の意味するところは、要約すれば、目的とするところへは行き着けず、門前で倒れる。なんともあけすけな結論です。しかも、爻(より詳しく踏み込んだ解説)によれば、もっと凄惨な記述になっております。

続く



35年生まれの戦前派。早稲田大学政経学部で経済学を専攻。

略歴
60年中日新聞社入社。
67年(株)守隨本社入社。三県下に限られていた販域を全国区へ展開
74年同社常務就任:機械式はかりから電子式はかりへの転換にいち早く取り組み、成功。新製品を次々と発表。次いで85年よりプラザ合意後の円高を利用し、海外との交流を開始。海外優秀製品を日本市場へインプットし、吊り秤市場ではTOPのシェアを掌握した。
90年同社社長就任
以後、移動式計量機で産業界の物流システムに貢献した。
2016年代表取締役会長に就任
2021年代表取締役会長を退任

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