秤屋会長のひと言

私と易23

建築費が半額になったということで気を良くした私は、絶好のチャンスとばかり、業者選定業務に入りました。メンバーも一部入れ替えました。前回強力に支援してくれていたメインバンクの市銀は無理がたたって吸収合併されてしまってー!消滅しております。この5年間、銀行不滅の神話はとっくに崩壊いたしておりました。 今度は地銀さんが後援ということになりました。金利も劇的に下がっておりました。およそ金利も半額。時は来たれりであります。占い通り、運勢も改善されている筈。進むしかないと決断。今度はまた別の建築会社も入れ込み、選定業務に入りました。

全国規模を誇るS建物社、その他名古屋地場の有力ゼネコン社、2社計3社の競合という形に持ってまいりました。これが平成5年の夏頃でした。

各社見積もりが出てまいりましたが、前述通り、3億円を中心に似たり寄ったりの見積もり。一応、社名の建物という名称通り、建物を建てることに長じているS建物社をメインに商談を始めました。他の小ゼネコンはなんでもこいの業務内容。小回りはきくかもしれないが気の利いた建物を建てられるか疑問。S建物社は、それこそビル建築が専門で、全国での実績は小ゼネコンを圧倒いたしております。しかも価格的には大差はないとあって、内心ではS建物しかないとほぼ腹を決めておりました。聞けば同時期に名古屋市内で他に2社のビル建築を商談中とのことで意気盛んな様子。


またこの業界の接待攻勢は派手なものがありますが、ゴルフが趣味とわかると、早速お誘いがありました。しかもなかなか予約の取れない名門ゴルフ場をやすやすと予約してくれます。
まずいなと思いながらも、まあ価格の点では3社見積もりを取っているので接待によって内容が左右されることはないだろうと思って、受けました。これでもうS社は私の対応ぶりなどからこの商談はもらったと確信に近い心証を持ったものと思われます。ただここで申し上げておきますが、あくまでもこれから長い時間をかけて建設する間、友好な関係を保つことは必要なこととであります。そういう意味で、私のほうからもゴルフ接待もいたしました。これで五部々と思いながらです。
ところが、それまで黙っていた地場の小ゼネコンさんが来ていうのには、このS社は巨額の借金を抱えてこの先どうなるかわからないという業界のもっぱらの噂ですよとちくります。何をしたかと言いますと、全国のあちらこちらに分譲リゾート開発をバブル期にやりすぎ、バブル崩壊後にだれも買い手のない状況とのこと。その分焦付き身動きできなくなっているという。その金額は半端じゃないと言います。
もう間もなく発注しようかという段階でのこの情報。私は半信半疑、同じ業界での噂話しを信じて良いのかどうか悩まされます。直接本人たちに問いただせば、笑い飛ばして、そんなことは絶対ありませんというのは当然です。
こんな時の心理は、S建設の術策にはまり込んでしまっている状況下で、小ゼネコンさんのいうことについて、なかなか信用することもできずということでした。しかし大金を投じて一世一代の事業を行おうという時には一点の曇りもない状態が望ましいことは言うまでもありません。悩みました。ここで、ようやく今回は自分で易を立てることを決意いたしました。それこそ乾坤一擲です。


続く


35年生まれの戦前派。早稲田大学政経学部で経済学を専攻。

略歴
60年中日新聞社入社。
67年(株)守隨本社入社。三県下に限られていた販域を全国区へ展開
74年同社常務就任:機械式はかりから電子式はかりへの転換にいち早く取り組み、成功。新製品を次々と発表。次いで85年よりプラザ合意後の円高を利用し、海外との交流を開始。海外優秀製品を日本市場へインプットし、吊り秤市場ではTOPのシェアを掌握した。
90年同社社長就任
以後、移動式計量機で産業界の物流システムに貢献した。
2016年代表取締役会長に就任
2021年代表取締役会長を退任

カテゴリー