秤屋会長のひと言

私と易27 追悼編

さて、易と私25を執筆している2月20日、突然訃報が入ってきました。五里霧中を彷徨うなか、危うく落とし穴にはまるところを救い出してくれた大恩人の逝去を知らせるものであります。もう30年の昔、バブルの絶頂期に、ビル建築に乗り出そうとしていた、思慮浅き粗忽者を諌め、思いとどまらせてくれたその人の訃報でした。私の家内の叔母にあたる人です。96歳という高齢で、天寿を全うされました。その易占生涯で多くの人を救ってこられた歴戦の易者さんです。易学会の会合などで、プロの前で講師を務められるほどの実力者でもあられたわけです。良き人に巡り合わせたという幸運をつくずく感じざるを得ません。もちろん告別式には馳せ参じました。よく晴れて凛とした冬の景色のなか静かに旅立たれました。心よりご冥福を祈ります。


これまでの連載では、大変シビアな内容の易占例が占めておりましたが、数多く占っている中では大変面白い愉快な易占例が他にもいくつもあります。しかし、このビル建築にまつわる易占例が、私の易と人生をつなぐ最大の関わり合いとなりました。後にも先にもなく私の人生におおきく干渉し、一歩間違えればどういうことになったかと思い返すと冷や汗が噴き出てくる思いです。それにしても易占の持つ不可思議なパワーについては計り知れない別次元が存在することを否定できないとご理解いただけたでしょうか?ビル建築の災難を避けて以来、少々懲りてか、私は本業以外大きな仕事はしていません。したがって、易占との関わり合いも私の人生では、いまとなっては終わりを告げているなという感慨がしきりに致しております。そして我が恩人の静かな逝去。これも何か黙示録的暗示ではないでしょうか?
(完)




35年生まれの戦前派。早稲田大学政経学部で経済学を専攻。

略歴
60年中日新聞社入社。
67年(株)守隨本社入社。三県下に限られていた販域を全国区へ展開
74年同社常務就任:機械式はかりから電子式はかりへの転換にいち早く取り組み、成功。新製品を次々と発表。次いで85年よりプラザ合意後の円高を利用し、海外との交流を開始。海外優秀製品を日本市場へインプットし、吊り秤市場ではTOPのシェアを掌握した。
90年同社社長就任
以後、移動式計量機で産業界の物流システムに貢献した。
2016年代表取締役会長に就任
2021年代表取締役会長を退任

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