秤屋会長のひと言

帰ってきたご先祖様

ちょっと大げさかなと思いましたが、感動的な巡り会いみたいな事件に遭遇いたしましたので少々興奮いたしました。その挙句の感想を込めてのテーマです。
これまで、我が守隨に持ち込まれた明治以前の秤は数多くありますが、色々と手を加えられたり、補修されたり、吊りひもや錘がなかったりとか構成上完品はほとんどありませんでした。確かに守隨製であるには間違いないが価値的に見るとまあよそ様に自慢して見せるほどのものではないのが殆どでした。しかし、今回のものは必要 なものはすべてそろっており、状態も良い完品。まるでご先祖様がこれなら文句ないだろうと言わんばかりの上ものでした。これは私の拙いブログをご愛読いただく皆さんにぜひご披露いたしたく立ち上げました。

12月8日、突然、収集家の知人から電話があり守隨の古秤のいいものが出たと知らせが入りました。いつ頃のものかと問い返すともちろん江戸時代に決まっているではないか、しかも尾張秤座のものに違いないと力説する。菊のトレドマークがその証拠という。現在我が社のマークは確かに菊の紋章です。現在、菊の紋章の商標は殆ど見かけることはありません。理由はお分かりと思います。 ともあれみせていただくことになりました。


写真をご覧ください。確かに菊の紋章がくっきりと秤の鹿革ケースに書き込まれており、まだあんまり古びてもいない。錘も合法的な証印が押されており、秤竿の番号と一致している。今でもそのまま秤としても立派に計量ができる。しかしこれからが問題。よくみるとすでに、メートル法の規制下の証印が刻まれておりました。こうなると これは、明治8年以降の製作物となります。紹介者の触れ込みは見事外れでございました。しかしこれまでの古秤と違うところは、これまで出てきたことのない尾張秤座の製作物であると言うことです。かれこれ50年もこの業界に身おいてお目にかかるのは初めてございました。明治といっても今や100年を優に超え 150年の時が立っております。いやーお初にお目にかかるご先祖様!お帰りなさいと心中で頭を下げて喜んで頂きました。尾張秤座は幕末明治の時代は11代目から12代目の過渡期のものですが、これまで見た江戸本家のものとは雲泥の差の出来栄えで、11代目は中興の祖と言われるほどの傑物で、俳人で、茶人で、宝井馬琴と親交があったと伝えられる文化人と聞いておりましたがこのデザインを見てなるほと納得できました。とっくりと写真をご覧ください。婚礼家具でも大成功を収めたと聞いておりますがむべなるかなであります。


35年生まれの戦前派。早稲田大学政経学部で経済学を専攻。

略歴
60年中日新聞社入社。
67年(株)守隨本社入社。三県下に限られていた販域を全国区へ展開
74年同社常務就任:機械式はかりから電子式はかりへの転換にいち早く取り組み、成功。新製品を次々と発表。次いで85年よりプラザ合意後の円高を利用し、海外との交流を開始。海外優秀製品を日本市場へインプットし、吊り秤市場ではTOPのシェアを掌握した。
90年同社社長就任
以後、移動式計量機で産業界の物流システムに貢献した。
2016年代表取締役会長に就任
2021年代表取締役会長を退任

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