秤屋会長のひと言

私の八月十五日 part.3

この二重構造の意思決定制度を発案した人物はわかっている。ではその人物に責任があると言うことになりますが、その制度を運用する人間が間違った使い方や悪用したらどうなるのか 明治時代を生んだ勢力は薩長にあります。幕府を倒し反対勢力を徹底的に叩きのめした後政権を樹立します。こういう場合、この権力者たちは獲得した権力を擁護するためならなんでもするというのが洋の東西を問わず必ず現れます。


新政権には、万機公論に帰すべしという五箇条の誓文の筆頭にあるごとく先進の欧米の政治体制を理想として民主主義政府を樹立する義務みたいなものがあります。この内部闘争が一連の戦乱を引き起こします。西南戦争なるものその一例です。戦乱が一応収まった後、その上に権力の中でも独走する薩長の動きに歯止めをかけて独裁化する政権にブレーキをかけようとします。権力者内での権力争いも当然ながら出てきます。その象徴である民権運動は明治のほんの初期から起こっております。当然政権内の抗争は分裂を生み、敗れた権力者は下野して現政権の崩壊を狙った民主運動、民権運動を起こします。明治政府はその巨大な流れから逃れることができません。しかし自分たちの権力をいかに維持するかについて必死に考えます?


民主運動の盛り上がりに手を焼いた権力者たちはそこで何を考えたかであります。 手慣れた手法があったのです。250年続いて確固たる権力機構と人材を擁した徳川幕府をいかに崩壊させたかそのノウハウを活用することに活路を見出します。それが錦の御旗に代わる統帥権の発明です。イコール神聖政権の樹立です。これは薩長の薩長による薩長のための公然秘密の権力機構です。しかし神聖天皇を頂点にいただき国を運用していくことに国民に違和感があまりない。もともと手強い徳川幕府を倒すためにはかってに御旗をつくり、偽勑を発行して、大義名分を偽造、世論を味方につけたやり口をここに再現させた。それが何を隠そう独裁者を支えたこの統帥権と私は考えます。これが権力者たちの魔法の杖となったのです。


そこで誰がその魔法の杖を作ったのかということであります。もと長州軍閥を代表する陸軍大元帥の山縣有朋です。この人物が320万人の戦死者を出した太平洋戦争の実行を容易にさせた元凶ということになります。元はと言えば、自分たちの権力を守るために都合の良い方法の探求がもたらした結果がこのような日本史上未曾有の災厄を招いてしまったということです。これをあの世からどう眺めているのであろうか?長州といえば、現政権の安倍晋三氏の選挙区です。何かきな臭い類縁を感じませんか⁉️


参考文献
保阪正康 (2005)『あの戦争は何だったのか─大人のための歴史教科書』, 新潮新書.
保阪正康 (2018)『昭和陸軍の研究』, 朝日選書.
原田伊織 (2017)『明治維新という過ち 日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト』 ,講談社文庫


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35年生まれの戦前派。早稲田大学政経学部で経済学を専攻。

略歴
60年中日新聞社入社。
67年(株)守隨本社入社。三県下に限られていた販域を全国区へ展開
74年同社常務就任:機械式はかりから電子式はかりへの転換にいち早く取り組み、成功。新製品を次々と発表。次いで85年よりプラザ合意後の円高を利用し、海外との交流を開始。海外優秀製品を日本市場へインプットし、吊り秤市場ではTOPのシェアを掌握した。
90年同社社長就任
以後、移動式計量機で産業界の物流システムに貢献した。
2016年代表取締役会長に就任
2021年代表取締役会長を退任

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